カマキリが馬車を止める

TERAYAMA Shizumi/ 2月 12, 2012/ へんなことわざ/ 0 comments

$こうたろ.com
昨日で、東日本大震災から11か月が過ぎました。
時間が経つのは本当に早いものです。

もちろん山積している問題は数えきれないくらいあるのでしょうけど
少しずつにせよ、復興への道も進んでいると信じたい。

震災があった日、僕は前の職場で働いていました。

あと10分、早いタイミングで地震が来ていたら
僕は倒壊した建物の下敷きになっていた可能性がありました。

それを免れることができたという事実は、本当に偶然でしかありません。

偶然で助かった命と言えば、オウム真理教が起こした地下鉄サリン事件。
あの日、たまたま寝坊したおかげで地下鉄に乗り遅れましたが
もしかしたら同じ被害にあっていた可能性はあるのです。

新宿で異臭騒ぎがあった時、数分前にその場所を通り過ぎていたこと。
そんな偶然もありました。

偶然という言葉で片付けてしまうことは簡単なのですが
それでは、たまたま生き残った人と、たまたま亡くなった人との
境界線は何なんだろうと考えます。

なぜ僕はまだこちら側にいて、なぜあの人は向こう側へ行ってしまったのか。
この両者にある境界線についていつも考えています。

あのね…もしも…天国があるというなら、なぜあの世に作るの?この世にないの?
どうして、天国が今ではなく、アフターなの?
その答えを教えてくれたら信じていもいいよ。あなたのこと。
……もしもし、もしもし、あれ切れちゃったの切っちゃったの?怒ったの?
ごめんなさい。嘘ついた。ほんとは助けが欲しい。あなたの。
聞こえていたら、返事して、神さま。
(野田秀樹、オイルより)

震災直後に、僕は「つないだ、手のひら」というブログを立ち上げました。
テレビでは取り上げないような、東北地方発の小さなニュースを拾ってきて
ネット環境が整っている人に読んでもらうという単純なものでした。

どうというわけではないのですが、何かをせねばいられなかったのです。
毎日更新していましたが、3か月を過ぎたところで止めました。

理由はいくつかあるのですが
自分自身が、事の大きさに耐えられなくなったということが大きいかもしれません。

いわゆる震災鬱の状態です。

その後も、あらゆる場所であらゆる人たちがあらゆる支援活動を行っています。

僕たちは一人ひとりは微力であるけれど、無力ではない。

来年の道徳の教科書に、最後まで市民に避難を呼びかけて
そして本人は津波に巻き込まれたある市職員の話が載る
というニュースを聞きました。

どうか、自己犠牲を助長するような、単純な美談で終わりませんように。


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