そばの殿様(そばのとのさま)

TERAYAMA Shizumi/ 9月 28, 2013/ 落語/ 0 comments

$こうたろう.com

「オモテナシ」という言葉が一人歩きしています。

間違いなく今年の流行語大賞にノミネートされるだろうなあと思いつつ
じゃあ、昔からある「接待」とは何が違うのだろうかと
そんな疑問が、ふと、頭をよぎりました。

自分がへりくだることで相手を持ち上げる
という欧米ではあまりみかけない文化風習は昔からあります。
謙遜だとか、謙虚だとか、大好きですものね、日本人は。

クドカン×阿部サダヲの大人計画コンビが三度タッグを組んだ
映画「謝罪の王様」が公開になりました。
これも日本だからこその生まれた発想だと思います。

立場的に弱い側の人間がへりくだるのなら、まだ話は分かります。
が、目上の人の「オモテナシ」にはちょっと構えてしまいます。

ご好意だと思って素直に受け取ればいいのかもしれませんが
だからと言って無礼講になるわけではないので
心の置き場所が微妙になってしまうのです。

僕は特に仕事の時間外での「お付き合い」が苦手です。
同僚や気心知れた人たちとなら、いざしらず
明らかに接待を目的とした上司とのお付き合いは、ご免こうむりたいです。

そんなこと言っているから出世できないんだと言われますが
そんなことしてまで出世したいとは思っていませんので
穏便に、あとくされなく、シレっとスルーさせて頂きたい。

日本は良くも悪くも縦社会です。
今でこそ、職業選択の自由なんて言っていられますが
一昔前は、生まれた身分のまま一生を終えることが常識でした。

ここに能力の差は一切関係ありません。
まあ、今でもあまり変わってないのかなあ。

学校の偏差値と、実務における能力って別物じゃないですか。
にも関わらず、学閥がモノを言う世界が未だに根強くあって
国家の運営や安全に関わる最重要箇所がそんな感じですからね。

結局、国のトップダウン方式が変わらない限り
末端にいる一般庶民の生活は、なかなか改善され難いのが実情。

だからこそ、裸の王様には「あんた、裸だよ」と言わなくては。
誰かが、ではなく、自分でアクションを起こさないと
何も変わらないと思うのです。

秘密保護法案が検討されています。
アンケートの結果、有権者の8割が反対と答えたそうです。

この時点で、廃案にするのが妥当だと思うのですが
「結果を重く受け止め、慎重に議論を重ねたい」という
まったくもって意味不明なコメントが返ってきました。

他国に「オモテナシ」をするのも結構ですが
国民にこそ「オモテナシ」をして欲しいし
それが国家というモノだと思うのですが、いかがでしょうか。


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