花筏(はないかだ)

TERAYAMA Shizumi/ 9月 13, 2013/ 落語/ 0 comments

「英雄は短命である」という言葉を耳にしたことがあります。ていうか昔僕が口にしていた言葉です。心の師匠である坂本龍馬氏は、天保6年11月15日に生まれました。そして慶応3年11月15日に、何者かの手にかかりこの世を去りました。享年33歳です。驚くべきことに、彼は誕生日と命日が同じなんです。ムムッ!「世の人はわれをなんともいわばいへ わがなすことわれのみぞしる」という龍馬氏の詩があります。大学時代、女性の友達に、「男たるものこうでなくちゃ」と興奮気味に話したら、「要するにわがままってことね」とミもフタもないまとめかたをされました。

中学、高校時代に憧れていた尾崎豊氏は、今から10年前の1992年4月25日、何者かの家で亡くなられました。ちなみに4月25日は僕の誕生日でもあります。またもや誕生日と命日が同じだなんて。ムムムッ!当時17歳だった僕は、学級日誌に「惜しい人をなくしました。しばらく落ち込みます」と書いたら、担任から「あなたの成績に先生は落ち込みます」と返事がきました。職員室に座布団を届けたことは言うまでもありません。

そしてまだまだ健在ではありますが、日本を代表する演出家であり。僕の尊敬する蜷川幸雄氏は1935年生まれ、同じく野田秀樹氏は1955年生まれ、そして僕は1975年生まれ…ムムムムッ!ここまで偶然がそろうと、もはや運命という言葉では、片づけることができません。まる。

閑話休題。

世間は右を見ても左を見てもワールドカップワールドカップワールドカップな毎日です。この芝居の幕が開く頃には、決勝トーナメントの準々決勝が行われています。はたして日本はどこまで勝ち残れるのでしょうか?日本リーグのお寒い頃からサッカーを観てきた僕にとって、ワールドカップが日本で行われるなんて、ましてや勝利を手にするなんて、たとえタイムマシーンに乗って誰かが教えにきてくれたとしても信じられなかったでしょう。ドーハの悲劇が9年前、3戦全敗のフランス大会が4年前ですから、日本のサッカーはとんでもないスピードで進歩している、そのことは間違いありません。

で、今回の日韓共催です。この時期にこうして芝居をしていたことを。次のドイツ大会の時に必ず思い出すはずです。なぜなら、忘れていた4年前の思い出や9年前の記憶が、今、確実に甦ってきているからです。そしてこれからも4年という単位で人生を振り返ることがあるんだろうなあと思います。あの時はあんなことをしていたとか、こんなことがあったとか、あの日からこれだけの時間が流れたんだ、とか。

日本のサッカーが進歩してきた理由は、ひとえに2002年があったからです。実は問題はこの後で、祭りが終わってからもこの10年間と同じだけの情熱を注ぐことができるのか、そのことが気がかりでなりません。だってサッカーは2003年以降も続くのですから。日本のサッカーといえば「メキシコオリンピックの銅」でしたみたいに、ウン十年も昔の栄光に縛られるようなことはだけは二度とゴメンです。

本日はご来場頂きましてありがとうございました。今回の芝居はサッカーとは何の関係もありません。個人的なこだわりは隠し味程度にしてあります。4年前はこんな芝居を観ていたんだっけ、と4年後に思い出してくれたらバン万歳です。ゴメンなさい。4年後とは言いません。せめて、来年の梅雨入り頃に思い出してくれたら、幸せだなあ。

○年前、あなたは何をしていましたか?そして○年後、あなたは何をしていますか?
(清水功太郎のごあいさつ 2002年6月)

今回の落語のテーマを一言で表すなら「替え玉」ということになるのですが
この芝居は、人生に替え玉はあり得ないんだよ、ということが
一つのモチーフになっていたと思います。(なんて強引な)

どんなに時間が経とうとも、忘れらない記憶、消えない痛みはある。
だけど、そこに囚われていては前に進めない。なかったことにもできない。
しんどくても、僕たちは明日に向かって生きるしかないんだなあ。

なんてことをぼんやりと考えていたところが出発点になっています。

なぜかこの芝居だけDVDもVHSも手元にないので
映像として観ることはできないのですが
何気にオープニングがお気に入りなので
ト書きと、使用した曲と台詞を抜粋して残しておきます。

^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
原っぱのような空地のような、場所。
そこはアジアの土。
子どもたちが無邪気に戯れている。
キャッチボール
なわとび
鬼ごっこ
だるまさんが転んだ
かくれんぼ、などなど。
アジアの真ん中に、ぽつんと置かれたカンが一つ。
自分の宝物を入れては通り過ぎていく子どもたち。

M#01,CUT IN

やがてカンの蓋は閉じられ
いつしか子どもたちの姿も消えている。

(中略)

<アオハルのモノローグ>
学校でもらった世界地図の真ん中にアジアという国があります。アジアのという国の東のはて、四つにちぎれて赤く塗られた小さな島々、そこを日本と言うそうです。日本では子どもたちが毎晩小さな夢を見ます。私もその一人です。夜のしじまに誘われて、寄せては返す波の音、拾った貝を耳にすれば、月の明かりに照らされた子守唄が聞こえてきます。子守唄を枕に子どもたちは夢を見るのです。けれど今では誰もそのことを憶えていません。夢を見たということは憶えているのですが、どんな夢を見たのかということを忘れてしまうのです。耳から脳へ、脳から身体へ、確かに流れたあの唄は、シャボンの玉のように屋根まで飛んで壊れて消えてしまうのです。それがおはようの挨拶です。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

11年前の作品です。
そして来年はブラジルワールド杯。

また4年単位で、色々思い出すんだろうなあ。


Leave a Comment

メールアドレスが公開されることはありません。

You may use these HTML tags and attributes: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>