頭にきたはずみに浮気をする

TERAYAMA Shizumi/ 2月 7, 2012/ へんなことわざ/ 0 comments

$こうたろ.com
これでもちゃんとしたことわざです。
僕自身の経験談ではないので、あしからず。

とはいえ虚実皮膜のことわざシリーズ。
何がでるかは読んでからのお楽しみということで。

僕は短気ですぐ頭に血が上りやすい性格なので
いつもプチっとやらかしてしまいます。
やらかすと言っても抗議や抵抗するのではなく、放棄してしまうのです。

たとえば、どうしてもバイトに行きたくない日。
駅のホームで電車を待っているまさにその時
「ま、いいか」と電車をやり過ごしそのままバイトをサボります。

ひどい時はフェードアウト(いやカットアウトか)して辞めてしまうことも。
ゲームの誘惑に負けて、〆切に間に合わなかった作業も多々あり。

なにが、「ま、いいか」なのかは分かりませんが
とにかくいったんそんなモードにスイッチが入ると
本当に色々なことがどうでもよくなってしまうのです。

いい歳した大人が、社会人不適合者の烙印を押される瞬間です。

逆に、絶体絶命の危機的状況に出くわした時
これが不思議とパニックを起こさず、普段よりも冷静な自分がいます。

ばあちゃんが倒れた日。

夕方、仕事から帰ってくると
テーブルの上には、ばあちゃんの食べかけの朝食がそのまま残っていました。
半分痴呆が入っていたこともあって、最初は片付け忘れたのかなあと思いました。

そのまま何ともなしにばあちゃんの部屋に入ると
仏壇を前にして、ばあちゃんが倒れていました。

すぐに脈拍と呼吸を確認し、まだ生きていることが分かると救急車を呼び
そのまま病院へ搬送してもらいました。

で、まずは父親をはじめ、家族に連絡し、ことの状況を説明しました。

そして最初にかけつけた父親と、診断室に入り
ばあちゃんが、急性の脳梗塞になったこと。
そしてどんなにもっても明日も朝までだろうという告知を受けました。

つまり身内が死の宣告を受けたのです。

それからは、親戚一同に連絡を取り、病院まで足を運んでもらい
家族に看取られながら、ばあちゃんは翌朝未明に最期の時を迎えました。

ですが僕は、ばあちゃんが息を引き取る瞬間には立ちあっていないのです。

いったん帰宅し、ほぼ徹夜状態だった父と母に食事の差し入れをしようと
コンビニへ出かけていたからです。

タイミングが悪いというか、間が悪いというか。
これも普段の行いのせいですかね。

後日、通夜と告別式が行われましたが、僕は最後まで涙一つこぼしませんでした。

ただその時、クリアな頭で思ったことがありました。
それは、身内の死に直面しても心が動かなかった自分には
もうモノを書く資格はないだろうということです。

第一発見者であり、一緒に救急車に乗り、死の宣告を受けたにも関わらず
心が何の反応も示さなかった。

そんな人間にどうしてモノなんて書けようか。

かかりつけの先生に、その事実を打ち明けると
「実に清水さんらしい考えですね」と言われました。

結局、筆は折らずにこうして、またモノを書いているわけですが
いつかきっと、自分の人生と交わる瞬間があるだろうと思っています。

その時、はたして僕は、どんな行動にでるのでしょうか。
さすがに、「ま、いいか」とはなってほしくないんですけどね。


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