風樹の嘆(ふうじゅのたん)

TERAYAMA Shizumi/ 8月 25, 2013/ 故事成語/ 2 comments

$こうたろう.com

宇宙世紀シリーズのガンダムにみられる共通点として
主人公の親が、歴代ガンダムの設計に参加しているという点が挙げられます。
(ZZのジュドーを除く)

親が作ったモビルスーツに乗り込んで
10代の若者たちが戦争に巻き込まれていく。

言葉じりだけ捉えると、なんとも物騒な物語です。
でも事実なのだから仕方がない。

さらに不幸なことは、主人公たちと親の関係が良好ではなかったということ。
「僕は両親に親をやって欲しかったんですよ!」(byカミーユ・ビダン)
この台詞なんか、極端にそのたとえを表しています。

子どもは親を選べませんから。
いくら作り事の世界だとはいえ
ガンダムがある種の悲壮感を持って語られる一因だと思っています。

翻って現実世界。
親子の確執を巡る問題というのは、いつの時代も同じことで
今日も今日とて、新聞の片隅には残念な記事が載っています。

思うに「親子だから」という、ある種の理想郷的な価値観から
一度離れてみてはどうでしょう。

「お父さんだから」とか「お母さんだから」という枠組みを外してみる。
「親」だったり「子ども」だったり、そういう役割りをやめてみる。

もちろん血を分けた肉親ですから、完全なる他人として振る舞うことは不可能でも
お互いに「わかりあえる」という幻想を捨てて、一個人として向き合う。

人間のコミュニケーションは「わかりあえないところから」というのが
スタンダードな出発地点だと思っています。

だからこそ、相手を理解しようと努めるし、繋がりたいという欲が出てくるのです。
「家族だから」という、ただ一点のみでしがみつこうとすると
それはやっぱりどこかで破綻してしまう気がします。

「親」として立場を演じようとするあなた。
「子ども」としての立場を演じようとするあなた。
それは「友達」や「恋人」という立場を演じることと同じことです。

ただ一点、大きく違うことがあるとすれば
自然の摂理で言うと、親が先に亡くなって、子どもはその姿を見送ります。
そして親の死から、間違いなく何かを学び取ります。

もし子どもが「もっと親孝行しておけばよかった」と後悔したのなら
親は十分、親としての役割りを果たせたんじゃないかと思うのです。
先は長いですけどね。

そこまで無事にあなたの役割りを演じること。
それは、人間に課せられた義務の一つなんじゃないでしょうか。


2 Comments

  1. SECRET: 0
    PASS:
    子供は、親の背中を見て学ぶ、、、。
    それは、無視出来ない現実ですよね。
    親になると言う事は、
    丸々、ひとつの命を守り、育てる
    責任が、課せられると言う事だと思っています。
    その、覚悟が無く、産んでしまうと、
    子供は、苦しみ、、もがく、、、、。
    いつも、しわ寄せは弱者に、、、、。
    親になるって、そう言う事だと思います。

  2. SECRET: 0
    PASS:
    >amimamaさん
    こんばんは。
    僕は親になったことがないので、あくまでも憶測でしか言えませんが
    >丸々、ひとつの命を守り、育てる
    >責任が、課せられると言う事だと思っています。
    激しく同意です。

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