bring oneself to

TERAYAMA Shizumi/ 3月 28, 2013/ 英語/ 0 comments

$こうたろう.com
:I cannot bring myself to help him.
:He couldn’t bring himself to tell the truth.

実家に帰ってきてからは、ほとんどやらなくなりましたが
たまーに、台所へ立って料理がしたくなる時があります。

料理と言っても、余っている食材と目についた調味料を使って
ざっくりぱぱぱっと仕上げる程度ですが。

それでも、これが意外や意外、結構美味しくできるのです。

残念なことに、我が家の食文化(と呼ぶほど大げさなものではないけど)は
非常に乏しいものがあり、新しい味付けの料理には誰も手をだそうとしません。

だから、結局残飯処理は自分ですることになるのです。
学生時代、僕はアルバイトのほとんどを、深夜の飲食店でやりくりしました。
それもホールではなく、厨房を希望して。

メリットは、まずまかないがつくので、食事代が助かること。
そして、料理のレパートリーを増やすことができること。
この2点につきます。

もちろんど素人ですから、最初は皿洗いから始まります。
そのうち、食材の仕込みを任されるようになって
そして包丁を握り、フライパンをふるうようになっていくのです。

小さいお店ながらも、深夜の厨房を仕切っていたこともあります。
あの時は、シフォンケーキまで焼いたんだ。

せっかく覚えた腕前も、披露する場所がなかったら宝の持ち腐れ。
自分一人では、なかなかやる気も起きないのが事実。

稽古して、朝まで家飲みして、翌日仕事がある人は始発で帰り
休みの面々は、昼過ぎまでのんびりと時間を過ごす。

そんな時は、家主が食事の用意をするということが
仲間内の間で、暗黙の了解としてありました。

誰かが食べてくれるなら、こちらも俄然やる気が湧いてくるというもの。
たいした料理ではありませんが、適当にこしらえます。

そうなんです。
誰かのためなら、なんとかしてみるか、という気持ちになるんです。

料理に限らず、もろもろ全般。
誰かに必要とされることで、自分の存在意義を見つける。
これも依存症の一種なんでしょうか?

今日は母も姉も帰りが遅かったし、残飯が結構な量あったので
久しぶりにピラフを作ってみました。

その名も「キノコとハムのピラフ、テリヤキ風で」

作り置きにしたまま、食事の時間に僕が外出していたせいもあり
誰もその存在に気がつかず、手をつけてくれる人はいませんでした。

…明日の朝飯にしよっと。


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