呉越同舟(ごえつどうしゅう)

TERAYAMA Shizumi/ 3月 13, 2013/ 故事成語/ 0 comments

$こうたろう.com

えー、久しぶりのブログで言うことでもないのですが
ただ今、カオスの真っただ中にいます。

だいたいにおいて、創作なんてものはカオスに陥りやすいのですが
のめり込めばのめり込むほど、客観視する自分が必要で
この相反する二つの状態が、同時に混在しているという
わけの分からない状況にいるってことです。

いや、きちんと分かっていないとダメですね、そこは。
集中力と俯瞰する目という真逆の精神が宿らないと。

ガッツで根性で最後は気合だ!みたいなノリには、うんざりなんですよ。
もちろんガッツも根性も気合も十分条件ではあるけれど
そんなものは、最初からあって当然だし
それがベースにないと、何をやってもダメでしょと思うのです。

だから、そこからどれだけ上積みしていくのかってことが重要で
素人だけど初心者じゃない、みたいなプライドも必要かと。

当然、安っぽいプライドなんか、何の足しにもならないことは重々承知の上だけど
自分自身に対する誇りというか、譲れないものがないと
作品そのものがブレるし、それは全く望んでいないことなので
どっちが敵でどっちが味方か、なんてね、そんなことを思うのです。

話は飛びますが、3.11から2年が経ちました。
当日は、追悼番組やら特番なんかが一日中放送されていました。
で、僕はそういった番組を見ながら違和感を覚えつつあるのです。
誤解を恐れず言えば、テレビの力を疑ってかかるのです。

日本人の美徳は世界に誇ってもいいと思っています。
同時に、美徳を美化しすぎて、そこだけクローズアップしてないですかと。

やり場のない悲しみや怒りの負の連鎖は、今でも絶対にあるわけで
もちろんそんなものを見たいわけじゃないけれど
事実として知っておくことは必要なんじゃないかという気がしているのです。

原発に関しては、あれは完全に人災だと思っています。
原発を推進してきた政党が、今与党になっていて
同じことをまた繰り返そうとしています。

じゃあ、福島の教訓はなんだったのってなるじゃないですか。
政治のやっていることは、パフォーマンスかよと突っ込みたくなるじゃないですか。

推進派の人たちは、代替エネルギーの問題をことさら主張していますが
だって民間レベルでは、節電してやり繰りしている企業がたくさんあるわけですよ。

本当に復興のことを想うのならば
不可能かもしれないけど、少しでも痛みを分かち合いましょうと思うのです。
同情でもなく美化するわけでもなく、ありのままの事実を受け入れましょうよと。

夢や希望を語ることは簡単です。
でも、夢や希望だけでは傷を癒すことはできません。
傷を癒すなんて、傲慢なのかもしれません。

ただ、ほんの少しの間だけでいいから、痛むことから休憩してみませんかって。
そういう投げかけが必要なんじゃないかと、テレビを見ながら考えたのでした。

話は戻って。
僕はドラマを使って誰かを啓蒙したいだなんて、これっぽちも思っていません。

とはいえ、ドラマや芝居の底力を信じています。
直接的な原因には無力だとしても
あなたがもし仕事に疲れていたり、失恋して途方にくれていたとしたら
ほんの少しでいいから、痛むことから休んでみませんかって。

これはファンタジーではなく、日常と地続きの物語ですよって。
痛みを想像して、寄り添う物語ですよって。

そんなものが作れたらいいなあと思う次第です。


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