一将功成りて万骨枯る(いっしょうこうなりてばんこつかる)

TERAYAMA Shizumi/ 1月 30, 2013/ 故事成語/ 0 comments

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以前、組織の在り方について
長をトップにしたピラミッド型よりも
長を底辺においた逆ピラミッド型の方がいいと書きました。

トップダウン方式よりもボトムアップの方がいいということですね。

長なんて、すでにその存在だけで十分目立つのだから
必要最低限のこと以外は部下に任せてじっとしていればいいのです。

もちろん、発言や行動に対する責任はついて回ります。

しかしなんでもかんでも、オレがオレがというのは、いかがなものかと思います。
リーダーシップを発揮すると言えば聞こえはいいですが
部下や後輩の中から逸材を探し、輝かせることだって
立派な仕事ではないでしょうか。

ホームランをかっ飛ばすリーダーは、一見頼もしく見えるものです。
でもひたすら送りバントに徹するリーダー像があっても
それはそれでいいんじゃないかと思うのです。

もちろん、粘り強さと我慢比べが必要になるでしょう。
時間もかかるし、そんな悠長なこと言っている場合じゃない時もあるでしょう。

それでも自分が引退した後も、その組織が続いていくのなら
やはり根気強く粘ることが、後々までその組織を繁栄させる源になるのです。

歴史好きの友人に、「なぜ平家は、清盛一代で衰退したのか?」と聞いたところ
「清盛が優秀すぎて、後継者を育てられなかったから」と返ってきました。

なるほど、一理ある説明だなと納得しました。

リーダーが優秀であればあるほど、後任は前者と比較され
大抵の場合、光り輝くことができません。
徳川幕府だって、家康の後に出てくるのは
二代目を通り越して三代目ですからね。

組織を一から立ち上げるには
まず、強力なリーダーシップを持った指導者が求められます。
でもある程度形になったのなら、自然とフェイドアウトしていけばいいのに。

あ、院政とか論外。
それでは意味がない。

なにより忘れていけないのは、末端にいてまったく目立たない人たちが
その組織を支えているということです。
一番太い幹の部分を支えているのは、そういう人たちだということです。

幕末の志士と言えば、維新を支えた英雄たちの顔が浮かびますが
彼らの下には、無名で若くして命を散らせた志士たちがいました。

現代においても、実は無名で若いということは
それだけで多くの可能性を秘めている場合があります。
ダイヤの原石がゴロゴロ転がっていることもあります。

昨今、国の内外で様々な問題が噴出して
あちらこちらで強いリーダーが求められています。
でも、何が正しくて何が間違っているのか、それを証明してくれるのは歴史です。

絵描きになり損ねた若者が
世界中を相手に戦争を仕掛けてしまった例もあります。
間違ってもそんな方向へ舵が向かないように、そして流されないように。

屍を乗り越えた先にあるものは、光り輝く世界でなく
陰鬱とした暗闇だけだってことを忘れないようにしなくては。

自戒の念を込めて。


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