尾を塗中に曳く(おをとちゅうにひく)

TERAYAMA Shizumi/ 12月 26, 2012/ 故事成語/ 0 comments

$こうたろう.com

ちょうど、大学3年の今頃でしょうか。
「オレ、就職しないから」と親に宣言したのは。

芝居を続けていきたいというのが、当時の1番の理由でしたが
恐らくは、社会とか世間体に束縛されるのが嫌だったのだと思います。

サラリーマンになって、スーツで毎日通勤なんて
とてもじゃないけど耐えられないし
そんな自分の姿を想像することすら嫌悪していたような気がします。

なぜに、そこまで反社会的な人格になったのでしょうか。

政治活動に熱心だったり、宗教上の問題だったわけではありません。
安定した生活よりも、不安定でも好きなことをやっていたい。
多分、それだけのことだったのでしょう。

もっと正確に言えば、不安定という感覚すら持ち合わせていなかったはずです。
その時、ハマっていたのもが、たまたま芝居だっただけのことで
もしかしたら、映画や音楽活動に熱心だったかもしれないし
陶芸や書道の道に進んでいたかもしれません。

だから今でも、どうして芝居なんかやっていたの?と質問されても
明確な答えが見つからないのです。
決して演劇青年として優等生だったわけでもないですし。

ただ、やるからには、人生賭けて妥協を許さず手を抜かず
そんな心意気だけはあったように記憶しています。

と、振り返っていくと
自分の原点はどこにあるのだろうという素朴な疑問にぶつかります。

以前も書いたことがあるかもしれませんが
いい会社に就職するために、いい大学へ入学する。
(この場合は、世間体だったり偏差値を指します)

いい大学へ入学するためには、いい高校へ進学する。
いい高校へ進学するためには、毎日の勉強が必要で
毎日勉強するためには、部活動や遊ぶ時間を削らなくてはいけない。

そういう発想が、すでに中学生の頃から皆無でした。
何だかんだ言っても、部活動は楽しかったので
夏で引退せずに冬まで続けていたし
面白いテレビ番組があれば、画面の前に釘付けになったし
そもそも、そんな先のことまで考えるなんて到底無理でしたから。

毎日が楽しくて、その積み重ねで365日が過ぎれば
きっとこの1年間は充実したものになるだろう。
求めよ。されば与えん。的な思想の持ち主でした。

それが巡り巡って、この歳まできているわけです。

まあ、さすがに人生の分岐点は何度もありました。
30歳を過ぎれば、毎日がターニングポイントの連続です。
でも反省はしても後悔はしてません。

年末ジャンボが、もしかしたら当たるかも
なんてことを、結構本気でイメージしているのだから、おめでたい。

さてさて、そんなこんなで、思えば遠くへきてしまいました。

ただ一つ、歳を重ねて思うことは、自分以外への責任が増えたということです。
家族のことだったり、新しく家族になるかもしれない人のことだったり
それだけは、ずいぶんと意識するようにはなりました。

意識しても、具体的な行動に移せない事情もあったりするので
本当は毎日がいつもカオスなんです。

なんて告白をしたところで、ままならないのが人生ってやつで
もうしばらくは、流れに身をゆだねつつ
その行き先を見届けたいなと思う、年の瀬2012なのでした。


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