やすきにつくことはするな

TERAYAMA Shizumi/ 5月 2, 2017/ 大和言葉/ 0 comments

元来、スロースターターのO型おうし座は
時として怠け者のイメージを与えることがあります。

エンジンがかかるまでに相当の時間を要するので
第三者からすると、怠けているように見えるのです。

実際、かなり切羽詰まらないと動けないですから。
あがけども、もがけども、重たい腰が上がりません。

それじゃいかんと言い続けて早幾年。
もうそろそろこの悪習ともおさらばして
さくさくきびきびと生産性のある行動を取りたいけれど
やっぱりそこは生まれ持った悲しい性なのか
なかなかどうして、思うようにことは進みません。

直近のシナリオコンクールだって
集中力が、臨界点を超えてある種のフローに入ったのは
〆切まで1週間を切ってからですから。

それまでのあがきはなんだったのと突っ込みたくなるくらい
一気呵成にどどどんと筆が進む進む。

あれです。
いわゆるスーパーサイヤ人になった瞬間です。
修羅の門で言うところの、四門が開いた状態です。

もっとも、そんな状態が1か月も続いたら
間違いなく廃人になりますわな。

四門は死門と言わるくらいですから
寿命が縮むことは間違いないですね。

体力があった20代はそれでもどうにかなりました。
まあ、そのつけが30代にやってきて
大きな代償を払うことになったのですが、それはまた別の話。

つまりは、楽をするなと言われても
楽はしてませんと声を大にして言いたいわけです。

言ったところでね、結果がすべての世界ですから
だったら作品でその集中力とやらを証明してみせるしか
外野の声を黙らせる方法はありません。

噛み合わない議論に力を注ぐくらいなら
黙して、有無を言わさぬ作品を作ればいい。

そもそも楽をすることと楽しむことは別次元の話だし
手を抜いた状態で、他人を納得させられるだけの
実力もなければ器量も持ち合わせていないのです。

だとするなら、いつだって120パーセントで戦って
自分の器を大きくしていくしかないんじゃないかと思うのです。

多分、向上心があるうちは、器そのものは大きくなるでしょう。
ただし、20代と大きく違うことは
120パーセント=毎回が100点になるとは限らず
32点の時があれば78点の時があっても仕方ないじゃんとね
自分で自分を認めてあげることができるようになったことです。

だって、無理なものは無理なんだから。

どこへ行ったってプレッシャーから逃れられないなら
あえてそのプレッシャーを引き受けるしかないわけで
それは他人に認めてもらうためでもなんでもなく
自分の中で、咀嚼して飲み込んでいればいいだけけのこと。

鈍牛だろうとスロスターターだろうと
それでもエンジンはかかっている。
アクセルだって踏み込んでいる。

あとは結果さえ残せればなあ。
仕事でもプライベートでも
それが最も大きくて重要なパズルのピースなんだけどなあ。

早く見つけられますように。


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