牛耳を執る(ぎゅうじをとる)

TERAYAMA Shizumi/ 12月 11, 2012/ 故事成語/ 0 comments

$こうたろう.com

「正しいことをしたかったら、偉くなれ」という台詞をご存知ですか。

某大ヒット刑事ドラマの中で、日本のモーガン・フリーマンが
後輩に向かってつぶやくワンシーンです。

団体がの人数が増えれば増えるほど、組織が大きくなればなるほど
ピラミッドの頂点に近づかないと、発言権を得られない。

発言権がないと、どんなに立派なアイディアや発想があっても
誰も相手にしてくれないし、見向きもしない。
自分が正しいと思ったことも、実現することができない。
そんな状況を皮肉った、実に説得力のある台詞です。

僕は人付き合いが苦手なので
人脈とかコネとか、そういったものがまるでありません。

そういうものに興味がないし、○○所属という肩書も面倒なので
どーでもいいやと意に介さないのですが

まあ、そんな悠長なことを言っていられる身分かよと突っ込まれると
ただただ恐縮してしまうだけなんですが。
権威や肩書はあった方がいい。というのは、紛れもない事実です。

だって、どこの馬の骨とも分からない奴に仕事を任せる人はいないでしょう。

どこの世界も、結果がすべてですから
どんなに努力しようが頑張ろうが、その過程は評価されません。
過程を評価してくれるのは、仲間と身内だけです。

結局は、自分の目標をどこに置くのか、ということなんでしょう。

実際のところ、過程が伴わなければ結果はついてこないし
一つの結果に満足していれば、あっという間に足元すくわれて転落します。

アルコールの入った席での気合ほど、当てにならないものはなく
そんなことをしなければ一致団結できないような組織なら
初めから参加する必要もありません。

慣れ合いはもういいから、行動しようよ。

…なんてね、吼えたところで誰も聞いちゃくれねーよって話が言いたいわけです。
とほほほほほ。

お題からだいぶ離れてしまいましたが
冒頭の台詞、後輩君は「偉くなくても、正しいことはできる」と態度で示しました。

口だけなら何とでも言えるんでね。

そんなカスカスの人間の言うことなんて信用してもらえないし
組織の長としてどうなのさ、と選挙を前にして自戒するのでした。


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