名にし負う

TERAYAMA Shizumi/ 8月 15, 2016/ 大和言葉/ 0 comments

seou

世間はガツンとオリンピックで盛り上がっています。
4年に1度の平和の祭典ですからね。
そりゃあ、地球全体で熱くもなりますわな。

大会に臨む選手たちには
それぞれの想いというものがあります。
背負っているものがあると言ってもいい。

だから高いモチベーションを保てるし
観ている僕たちはそこに感情移入するわけです。

国を背負うなんてことは言わなくていいと思います。
もちろん、日本代表の選手ですし
メダルを取れば、日の丸が上がります。

でも背負うものは、各人それぞれのものであって
たとえば、出場権をかけて争ったライバルたちや
応援してくれている幼なじみだったり
超個人的なミニマムなものなんだと思うのです。

君が代を歌えない選手はどうのこうのと
どこかの誰かがぼやいていましたが
確かに税金が使われていようとも
選手は自分自身のために戦えばいいのです。

むしろ、そういうところに税金を使われる方が
書道のために服を買うより、よっぽど健全ではないでしょうか。

僕はこの手の世界レベルの大会になると
必ず使われる「感動をありがとう」
というフレーズに違和感を覚えます。

繰り返しになりますが
選手たちは超個人的な理由で戦えばいいし
その姿に観ている僕らは引き込まれるのだし
勝手に感動していればいいんじゃないかと思うのです。

メダルの色で感動の度合いが変わるものでもなし。
国を背負ってというのなら
むしろメダルを取れなかった選手にだって
スポットライトを当てるべきだし。

あとは同じ熱量をパラリンピックにも注いでほしいなあと。
安全上の問題とかセキュリティの問題があるにせよ
たとえば開会式を同時に行うとか
大会の日程をなんとかやりくりして閉会式まで並走するとか
なにかアイディアはあるんでしょうが、実行できていないですよね。

それから難民選手団が結成されて話題になりましたが
本来はあってはならない選手団ですから。
自国から出場できないなんて、おかしな話であって。

東京オリンピックが、もろもろの先駆けになってくれたら
それは本当の意味で世界の祭典になっていく気がします。

無事に開催されればね、ほんとに。


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