断崖絶壁(だんがいぜっぺき)

TERAYAMA Shizumi/ 5月 29, 2016/ 新装版・四字熟語辞典/ 0 comments

gake

粛々と新作シナリオの執筆に励んでいます。

というと、聞こえはいいですが
実際のところは、まったく筆が進みません。

書いては消して書いては消して、書かなくても消して。
そんなことを繰り返す毎日です。

新作を書くたびに思うことは
前作より面白いものを作るという、その一点のみ。

だから毎回ハードルを設定するし
それを飛び越えてやろうと必死になるわけです。

振り返ると
生まれて初めてオリジナルのシナリオを書いたのは
劇団を立ち上げた時ですから、26歳の時になります。

もともと演出がやりたくて劇団を立ち上げたのですが
演出をするための肝心の戯曲が見つかりませんでした。

古典や新劇は自分のやりたいものではなかったし
当時は「静かな演劇」なるものが身の回りで流行っていて
それはそれで、やっぱり違和感がありました。

なければ書くしかないか、ということが出発点となり
それでも、インプロやディバイジングを基本に創作したので
当時のチラシのクレジットには「作」ではなくて「構成」という
肩書を乗せていたんです。

当時はプロットなんて言葉も知らなかったですし
書いている本人でさえ、結末がどうなるのか
書き終わるまで分からないという
実にスリリングな展開が待ち構えていました。

さすがに今ではそんな冒険はできなくなりましたが
(やろうと思えば、やれなくもないけれど)
でも新鮮さを保つという意味においては
やはり頭の片隅に余白を残しておいた方がいいと思っています。

んで、よくよく考えると
今年で15年経つわけですね、最初の執筆から。

年に数本のペースで書いていたとして、最低でも15本以上。
この本数が多いのか少ないのか、ということよりは
15年前の作品と今の作品の間にあるモノはなんだろうと考えます。

確かに20代の時は無茶苦茶でした。
それでも今読み返すと、完成度は低いけれど
無茶苦茶なりに、勢いとかパッションみたいなもが
ほとばしっていたように思います。

翻って現在。
舞台から映像へと創作の現場が変わり、その技法に戸惑いつつも
技術は向上している(と信じたい)と思われますが
小手先のテクニックに走ってはいないだろうかと懸念もありつつ。

もちろん身につけなければいけないことが、山のようにあって
それを追いかけることに必死になるのは分かる。

けれど、追いかけすぎて
見失ってはいけないものがあることもまた事実。

その事実を、前作で嫌というほど痛感したので
そこは自身を半面教室にしつつ、今作はチャレンジしなければ。

残された時間は、そう多くはないのだから。


Leave a Comment

メールアドレスが公開されることはありません。

You may use these HTML tags and attributes: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>