倦まず弛まず

TERAYAMA Shizumi/ 5月 16, 2016/ 大和言葉/ 0 comments

sikisya

演出家の蜷川幸雄さんが亡くなられました。

直接お会いしたりお話しする機会はありませんでしたが
僕は彼の発する鬼気迫るような言葉の一つひとつや
時々垣間見せるお茶目な一面がとても大好きでした。

時間と懐の許す限り、舞台を観に劇場へ足を運びました。
ここ数年はご無沙汰してしまいましたが
いくつになってもチャレンジャーであろうとした
彼の野心に満ちたエネルギーにいつも圧倒されていました。

舞台の面白さは脚本がすべて
というご意見をたびたび耳にします。

ある意味正論で、すべてを否定するつもりはありませんが
僕はやっぱり幕が開くまでの責任者は演出家にあって
舞台の良し悪しは、演出家の力量に左右されると思っています。

演出家の解釈の数だけ舞台がある。
そうでなければ
シェイクスピアの作品が今も上演され続けるわけがないのです。

舞台が面白ければ役者のおかげ。
失敗すれば演出家の責任。
それを体現してくれたのが蜷川さんでした。

蜷川さんが手がけた舞台のすべてが面白かったわけではありません。
難解なもの、理解に苦しむもの、明らかに失敗だろうと思われるもの
本当に様々な作品が彼の手によって生み出されました。

もし共通していることがあるとすれば
蜷川さんは決して権威の側に立たなかったということです。
世界のNINAGAWAであったにも関わらず。

蜷川さんの演出というと、灰皿が飛んでくるなんて逸話がありますが
実際はパイプイスや箱ウマが飛んできたそうです。

常に役者を挑発し、観客を挑発し
命を炎上させてきた唯一無二の演出家。

思うにプロジェクトのリーダーたるもの
いい人だけでは務まらないものなんだと
しみじみしています。

悪役になる必要はないけれど、嫌われる勇気を持つ必要があって
でもそこには愛情があるから、みんな必死にくらいついてくるわけで
まさに命がけの現場でしのぎを削るからこそ
観客の心を打つ作品が生まれるのでしょう。

蜷川さんの作品は心を打つというより
木っ端みじんに叩きつけられるという印象でしたが。

悔しいだろうなあ。
悔しいだろうなあ。

あっち側の世界にも名だたる役者がたくさんいます。
どうか、眠っている彼らを叩き起こして
また僕らを挑発するような舞台をたくさん生み出してください。


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