同病相憐(どうびょうあいあわれむ)

TERAYAMA Shizumi/ 3月 1, 2016/ 新装版・四字熟語辞典/ 0 comments

kannbyo

人一倍寂しがりやなのに、群れることが苦手という
ややこしい性格を持て余しております。

集団でにこやかに盛り上がる人々を遠目に見ながら
孤高の人を気取っては、どこかでいじやけているわけです。

実に面倒くさい。

もしかしたらそれは
会話に意味を求めてしまうからなのかもしれません。
つまり裏を返せば、雑談力がものすごく低いのです。

そのことを承知の上であえて強気にでるのなら
ネガティブトークに耐えらないという気質が影響しています。

負の感情は、身体に悪影響を及ぼします。
だからストレスをため込まない。
適度に発散していくことは必要なことだとは承知しています。

んが、僕は基本的には愚痴るという行為が好きではありません。
むしろ、不満を誰かにぶつけることで逆にストレスが溜まるのです。

ああ、ここでもややこしや。

もちろん、人生達観しているわけでもければ
悟りを開いているわけでもないので
人並みの不平不満というものはあります。

ただそれを、誰かと共有したいとは思わないし
できることなら、自分の中で処理したいと考えています。

グルグルと腹の中で煮えくりかえっているものがあったとしても
よほどのことがない限り、誰かにぶつけることはない、はず…です。

あ、人様の愚痴の聞き役になることは、やぶさかではありません。

ただし憐みを感じることがあっても同情はしません。
その相手に対して、同情することほど失礼なことはないと思うからです。

共感することはあっても同情はしない。

同時に僕も、共感してくれる相手を求めているけれど
同情してほしいとは思いません。

真実を知る、ということは答えを知ることではなく
同じ苦しみを味わうことだ、とは、某ドラマの台詞です。

せっかく話を聴くのなら、とことん掘り下げたいし
その結果、同じ苦しみを味わうことになろうとも
否定せず、しっかり受け止められる
そんな懐の深さを持ち合わせていたいなあと願います。

人生には、自分の力の及ばないところで
どうにもならないことがたくさんあります。

でも、自分の力でどうにかなることだってたくさんあります。

同情を引くのではなく、また同情するのでもなく
同じ魂のレベルで共感しあえたら、素敵なことだと思うのです。


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