地上はいいな、テクニカラーだ

TERAYAMA Shizumi/ 12月 30, 2015/ 映画の名セリフ/ 0 comments

ohanabatake
出典:天国への階段

地球のそこかしこは楽園になるはずでした。
碧い海と澄んだ空。風が舞い、小鳥はさえずり、花が咲く。

人々は木々の下で憩いの時を過ごし
動物たちとも共存共栄していました。

上空に2個目太陽が現れるまでは。

2個目の太陽は「人間」の手によって、意図的に作られたものでした。
パッと光って大地を照らしたかと思った瞬間
轟音が鳴り響き、熱風が地上のあらゆるものを焼き尽くしました。

実は人工的な太陽は複数ありました。
地球上のあらゆる場所で、同時多発的に輝きを放ち
そして、草木1本残らぬほどにすべてを奪っていきました。

こうして、「人間」が栄華を極めた時代は終わりを告げました。
また、地球そのものも大きな被害を受け
再び、生物が現れるまでに、何百年もの時間を必要としました。

これは、西暦と呼ばれた時代の終焉を描いた物語として
宇宙歴と呼ばれる時代の
歴史の教科書の最初の1ページ目に書かれてありました。

…というフィクションを考えてみました。
現実に起こり得ないと否定できないところが悲しい。

60億を超える「人間」の業の重さに、地球が悲鳴をあげています。
その悲鳴を聞いてなお、歩みを止めない「人間」。

「人間」が滅びるのが先か
「地球」がパンクするのが先か。

もうチキンレースは始まっているのです。
できることなら、すぐにでもブレーキを踏んで頂きたい。
それを理性と呼ぶのではないでしょうか。

60億強の業の重さと同時に、60億強の祈りがあります。
誰もが願う平和の二文字。

平和を望まない一握りの「人間」によって
この祈りが無に還ろうとしています。

何百年というスパンで地球の歴史を見た時に
天秤の針が、黒でも白でもなく灰色を指し示していたとすると
それは、あたかも間違いではないかのような錯覚を覚えます。

けれど灰色であるということは
文化が栄えた時代の次には、根こそぎその文化が亡びることを意味します。

今の時代が「人間」の繁栄を現しているのなら
次にやってくるのは衰退です。
しかも徐々にではなく一気に崩れ去ってしまいます。

それが天変地異によるものなのか
「人間」自ら招いたものなのか分かりませんが
もし、そのような結末を迎えることが分かっているのなら
暴走を止める手段を持つことが「人間」に残された知恵だと思うのです。

「人間」は愚かな生き物かも知れませんが
最後の可能性を信じてみたいし、革新が起こることに一縷の望みを繋げたい。

この先何百年と続くかもしれない、この星の未来のために。


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