五風十雨(ごふうじゅうう)

TERAYAMA Shizumi/ 11月 9, 2015/ 故事成語/ 0 comments

okome

「街はいつも事件を孕んでなくてはいけない」

ある芝居の中で出てきた台詞です。
実にその通りだなあと思っています
もちろんいい意味で、ということですが。

荒れすさんだ砂埃舞い散るような街のことではなくて
人もお金も行政も常にポジティブに循環している街のことです。
街が発展するためには、どこかが停滞していてはまずいのです。

街に限らず、国にも同じことが言えます。
この国は、常に事件を孕んでいるといえば孕んでいますが
残念なことにあまりいい意味で捉えられていません。

創作活動も一緒です。
満足した時点で成長が止まります。
理論や思想を固定化してしまったら
その後の作品は堕ちていくだけになってしまいます。

人間関係も同じではないでしょうか。
常に刺激を与え与えられる関係だからこそ継続していくのであって
へたに守りに入ってしまったら
すべてが後手後手に回ってしまう気がするのです。

「あの人と一緒にいると、安心する。落ち着く。ホッとする」

そこまでは理解できます。
じゃあ、自分はそれだけのモノを相手に与えらているだろうか。
相手の好意の上にあぐらをかいて安心しきっていないだろうか。

わざわざ荒波を立てる必要はありませんが
物事はわずかにでも振動し続けている方が、実は安定します。

耐震構造の建物だって、がっちりと揺れをブロックするものより
ある程度は、揺れに合わせてふり幅を持たせた方が倒壊しにくいのです。

相手のことが分からないし分かりあえないと嘆くよりも
分かりあえないことを前提として考えて
じゃあ、そこからどうやって信頼関係を構築していったらよいか
そのことを考えた方が、よほど建設的じゃないかと思うのです。

分からないから感情をぶつけるし、分からないから態度で示す。

じゃあ、もう少し踏み込んで
あなたは、相手のことを理解しようとしていますかという問題があります。
私のことを分かってくれないと愚痴をこぼす前に
あなたは、相手のことをどれだけ理解しようと努めたのか。

ツーと言えばカーなんて言葉は幻想にすぎません。

…と言いきってしまうと、夢も希望もないじゃないかとなってしまいますが
その境地へたどり着くまでには、乗り越えらなくてはいけない壁があって
まずはぶつからないことには、壁かどうかさえ分からないと思うのです。

「幸せは、なるものではなく感じるもの」というご意見もあります。
なるほど、確かに解釈の仕方次第では一理あるかもしれません。

でもそれは僕から見ると、少々乱暴な言い方になりますが
あなたのエゴだよと突っ込みたくなるのです。

真夏の厳しい暑さを体験して乗り越えたからこそ
秋の紅葉が美しく見えるのであって
クーラーの利いた部屋で24時間惰眠をむさぼっていたのでは
寒くなったら暖房をつけて終わりということと等しい気がします。

手を繋いで歩いている老夫婦が微笑ましく見えるのは
そういった厳しい体験を何年もかかって乗り越えてきたからこそです。

白鳥と同じく、水面上は優雅でも、水面下では必死にならないと
どこにもたどり着けない気がするのですが、どうでしょう?


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