turn down

TERAYAMA Shizumi/ 10月 19, 2012/ 英語/ 0 comments

$こうたろ.com
:I invited her to the party but she turned me down.
:It’s not wise of you to turn down his offer.

モノ作りの多くがそうであるように
(もし、まだ僕がモノ作りの人間だったとして)
恐らく僕は、世間一般で言うところの天邪鬼だと思います。

○○してはいけない。
と、言われると、どうしてもやってみたくなります。

あるいはウソをつくことを職業にしようとしているからかもしれません。

以前のブログで、上手な結婚詐欺師と下手な役者では
どちらが優れているのか?というクエスチョンをしたことがあります。

どちらもウソをつくことを職業としているわけですが
道義的に許されるのは、間違いなく後者です。

モノつくりの役割りは、世界のありようを(真実と言ってもいい)
一つの形として切り取り、提示することです。

とはいえ、そのまま切り取り提示することは不可能に近いですから
この時、「ワタクシ」というフィルターを通すことになります。

ただし、フィルターそのものは真実を明確に理解しておかなければなりません。
そのためには、網の目が細かいほどいいし、定期的な掃除も必要となります。

このブラッシュアップを丁寧に行うことが
ウソをつくための資格みたいなものになるわけです。

網の目から零れ落ちたモノを拾い上げ
そこに別の角度から光を当てることで影ができます。

優れた小説や音楽は、この影の輪郭と色がはっきりとしています。
古典と呼ばれるものが今もなお語り継がれるのは
この影が時代と共に深みを増しているからです。

モノ作りが天邪鬼と言われる所以はもう一つあって
それは99人が「イエス」と答える場面でも
たった一人で「ノー」と言ってしまうところです。

ジョジョ風に言うと
「だが、断る」ということですね。

正確には、疑ってかかる。
疑ってかかるから、あらゆる検証を繰り返す。

非常に孤独な作業です。
気がつくと、地獄の入り口に立っていて、阿鼻叫喚の雨嵐。
そこから無事に生還することができれば何の問題もありませんが
時々帰ってこられなくなる人がいます。

もしかすると
真実って、天国から一番遠い場所にあるのではないでしょうか。
あくまでも一つのたとえですが。

そうこうして、ようやく一つの作品と出逢うことができます。

ここまで書いていて思ったのですが
僕のような考えは、昭和初期のような匂いがします。
どんなに新しくても、太宰か三島か、みたいな。

今どきのモノ作りさんはもっとスマートなんでしょうね。
携帯小説を書いている高校生が
地獄の入り口に立っている姿なんて想像できないですから。
他の人のブログを読んでいても、どうりで歳の差をを感じるわけだ。

方法論は人それぞれですから、人様のやり方にケチをつけるつもりはありません。
ただ、やっぱり僕が心を揺さぶられるものは、痛みを伴う作品であるということ。
それだけは、今も昔も変わらないですね。

だからこの先もきっと変わらないと思います。

やっぱり天邪鬼ですわ。


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