苛政は虎よりも猛なり(かせいはとらよりももうなり)

TERAYAMA Shizumi/ 10月 18, 2012/ 故事成語/ 0 comments

$こうたろ.com

まあ、それにしても今の日本の政治はひどいな。

と、政治を語るのは、専門家に任せるとして
曖昧な記憶を手繰り寄せて、もう少し身近な話題の一つでも。

僕は中学の時、生徒会役員を務めていました。
自ら進んで立候補したわけではないのですが
友達に推薦され、選挙が行われ、幸運にも?当選したわけです。

やるとなった以上は、責任をもって引き受けようと覚悟を決めました。
覚悟を決めたのはいいけれど
実際の中身は、自分の理想と大きくかけ離れたものでした。

というか、僕の考えが浮いていて誰にも相手にされなかっただけのことです。

たとえば、校則というものがあって、生徒はそれを守らなければいけません。
でも思春期の僕らには理不尽な校則もたくさんあり、守らない生徒が続出する。

そんな生徒が守らないような校則なんて
校則の意味がないのだから、廃止にするか、別の案を出せばいい
というのが僕の考えでした。

そうは言っても、生徒代表として、態度で模範を示すのが生徒会役員の務め。
当たり前といえば当たり前のことなんですが
僕には、その当たり前のことを受け入れることが難しかった。

朝の挨拶運動というものがありました。
校門をくぐったら、学年性別を問わずみんなで挨拶を交わしましょうと。
先生たちが昇降口に立っていて、とにかく挨拶をします。

で、そこに生徒会役員も駆り出されて、率先してみんなに声をかける。
全校生徒で挨拶を交わすと言えば聞こえはいいですが
実際は、校則違反をしている生徒がいないかチェックするのが先生の役割り。
それのお手伝いをさせられるわけです。

校則違反といったって、カバンの紐が長すぎるとか、その程度のことですよ。
服装の乱れは心の乱れ、とか誰が言い始めたのか知りませんが
制服を着て登校する中学生が、ボタンの一つ外れていたからといって
いったい誰に迷惑をかけるのか、という話です。

中学生は中学生らしく。

じゃあ、中学生らしいって、どういうことですか?
そもそも挨拶は強制されてするものですか?
ボタンが一つ外れていて、みっともないと言うのなら
それは学校ではなくて家庭の問題です。
なぜなら「しつけ」は家庭で教えるものだからと、僕は思っているからです。

学校は、集団生活の中で、自我と社会性を身につける場所で
いちいち「しつけ」まで構っていられないというのが本音。

なんてことをね、当時声だかに叫んだところで、誰にも相手にされねーと。
男子は丸刈り、女子はおかっぱという
ここは戦前ですかと疑うような校則がまかり通っていた時代ですからね。

確かに、他人に迷惑をかける行為はよろしくない。
いじめとか、授業妨害とか、法に触れるような行いがあってはならない。

でもそれと、坊主頭にすることにどんな因果関係があるのか
先生たちに尋ねてみても、誰も答えてはくれませんでした。

「子どもの権利条約」というものが世界にはあって
日本もたしかその条約にサインをしたはずなんです。

なので、僕はその条約に書かれた文言を
自分たちの言葉に書き直して、提出してみました。

結果は言わずもがな。

生徒会って、生徒の代表なら、生徒の声を代弁すべきであって
先生たちの手駒ではない。
もちろん手駒だと思っていた役員はいなかったでしょうが
なんだかなあと、ずっと煮え切らない矛盾を抱えていた気がしています。

で、今の政治の話に戻ります。
あんな国会運営をされて、あの醜態を子どもたちが見て
果たして、日本の将来に夢を抱けるかといえば、そりゃ無理でしょ。

ここであきらめたら彼らの思うツボなので
なんとか抵抗したいところではありますが。

選挙の一票の格差で、最高裁が違憲だと判決を下したのは
大きな意味があると思うのですけど
果たして、その意味を現職の方々はどこまで理解してくれるのでしょうか。

なんだか、全体的にイライラ感の漂う内容になってしまいました。
でも僕が言いたいことは、ただ一つ。

ガンダムの台詞から拝借しますが
重力に魂を引かれた人間にはなりたくないと、そんなお話でした。


Leave a Comment

メールアドレスが公開されることはありません。

You may use these HTML tags and attributes: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>