put forward

TERAYAMA Shizumi/ 10月 15, 2012/ 英語/ 0 comments

$こうたろ.com
:She put forward a good suggestion.
:A lot of ideas were put forward at the meeting.

私は自分の作品がこの世で一番面白いと思っている。

誤解もはなはだしいかも知れないが
思うだけなら自由なので、そういうことにして話を進めさせていただきたい。

だいたいにおいて、モノを創る人間なんてものは
みんな同じようなことを考えているに違いないのだ。

「自分はまだまだですから」と頭を下げるくらいなら
表舞台にに出てくるなと言いたい。
身の丈にあった作品とか、お手頃な作品とか、なんだそれ、という話である。

こちとら血を振り絞っているんでい!
献血してるわけじゃないんでい!
汁を流しているんでい!
汗じゃないのよ。汁なのよ。し・る!

残念ながら、汁は汗と違ってほとばしらないから輝かない。
だから涙のキスとかあるわけない。
およそ青春とか感動といったヒューマニズムからほど遠い存在なのである。

ポーランドの演出家、タデウシュ・カントールは
「芸術とは現実に対する回答である」と書いた。

だとすれば、現実に垂れ流れているものは血であり汁であるわけだから
やはり創り手はそこのところを履き違えてはならない気がするのだ。

つまりトイレのスリッパはトイレで履くものであって
間違っても近所のスーパーまで買い物にいってはいけない
というたとえ話である。

しかし、この世にはトイレのスリッパで買い物にくるおばちゃんがいて
そんなおばちゃんを遠巻きうさんくさく眺めながら
でも自分は電車の中で平然と厚化粧している若者がいて
その若者は、厚化粧したおばちゃんにずばり未来を占ってもらって泣くのである。

そして謝る。

誰に向かって謝っているのか分からないけど、とりあえず頭を下げる。
そうさせずにはいられない大衆の気分がある。
鬼の首でも取ったような大衆のうねりが世間を席巻している。

ここまでくるともはや何かが麻痺しているとしか思えない。
麻痺しているから疲弊していることに気がつかない。
だからそんなの関係ねえと叫んでみたりする。

この文章は2007年の終わりに書いている。

2007年を表す漢字が「偽」だそうだ。
私自身も実は大衆の気分を疑っていた。
いや正確には今も疑っている。
国民の総意とか言って勝手に仲間にしてほしくない。

でもみなさんがお読みになるのは2008年。しかも年の初めだ。
年明けくらい景気のいい話してもいいんじゃなかろうか。

誤解を恐れてはいけない。
世界を知ることは他人を知ることから始まり
他人を知ることとは誤解を認め合うことから始まる。

ぜひ作品を疑ってほしい。
答えはそう簡単に見つからない。

恋はいつも片道切符、そんな私の戯言は誤解もはなはだしいかも知れないけれど
そういうことにしておいて。

2008年の追記。
演劇は、音楽や映画などと比べてリサイクルの利かない芸術です。
エコが声高に叫ばれる現代において、もっとも非効率的なアナログ産業です。
残念ながら、お金もうけとは、ほど遠い場所にあります。

でも創作にはお金がかかります。
「お金をかければ面白い作品が創れる」、というのは大きな誤解ですが
「面白い作品を創るためにはお金がかかる」、ということは紛れもない事実です。

どなたかパトロンになってください。
青田買いするなら今がチャンスです。

新年早々、ごあいさつのどさくさに貧乏臭い話かよ
と思っていただければ幸いです。

(清水功太郎のごあいさつ 2008年)


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