葦編三絶(いへんさんぜつ)

TERAYAMA Shizumi/ 10月 10, 2012/ 故事成語/ 2 comments

$こうたろ.com

僕の机の周りには、手つかずの書物がわんさかと山積みになっています。

買うだけ買って、そのままの状態で置いてあるのです。
なんというか、公立の図書館で本を借りることが苦手で(古本もあまり好まない)
基本的に欲しい書物は、全部買うことにしています。

ハードカバーの場合は、文庫になるまで待って、それから買うようにしています。
買ったら読めよ、という話なのですが
如何せん、昔のような集中力がないので、とりあえず放置。

そんなことの繰り返しで、気がついたらざっくりと積み上げられているのです。

同時に書物を捨てることも苦手です。
引っ越しをする時にだいぶ整理はしましたが
それでも書物は(マンガも含む)なかなか手放せません。

つまり、く○ばれブックオフってな感じです。

僕は愛読家ではあるけれど、熱心な読書家ではないので
趣味がものすごく偏っています。
いわゆる文豪と呼ばれる偉人たちの本には
ほとんど手を出したことがありません。

現代作家の本も、肌に合う合わないが極端だと思います。
直木賞とか芥川賞とか、へーえってな感じでいつもスルーです。

それでも書物から逃れられないのは
やっぱり生まれ持った性なのかもしれません。

親曰く、幼少時代の僕は「ひたすらウルトラマンの本を読んでいた」そうです。
同年代の友達より、少しだけ早く本の面白さに気づき
学校の図書室へ通い(この時は本を買うようなお金を持っていなかったから)
それこそ片っ端から読み漁っていました。

この時はまだ純粋に読書が好きだったのでしょう。

本の世界は、ちょっとした小宇宙のようなもので
自分の知らない世界が、果てしなく広がっていました。
だからその世界を垣間見ることが、この上ない喜びだったのです。

そうこうしている間に、段々と、好むものと好まざるもの枝分かれしていき
中学へ上がる頃には、自然とレパートリーが定まっていきました。

「僕らの七日間戦争」シリーズは全巻そろえたし
「ロードス島戦記」なんかも、この時代に読み始まって
物語の完結自体が数年前だから、いったいどれだけの時間を費やしたことか。

そして二十歳手前で村上春樹氏と出逢い
その後の人生がある種決定的になった要因の一つでもあります。

本も人と同じで、出逢うべき時に出逢うものだと勝手に思っています。
発売当初は、まったく興味のなかった作家に、突然夢中になったり
一度読んで、それ以降、ぷっつりの作家さんもたくさんいます。
着かず離れずの関係にある作家さんもいます。

フィクションであろうが、ノンフィクションであろうが
登場人物の物語を追体験して、それが肥しになって、血となり肉となる。
自分の細胞の一部分になって、「私」という人格を作り上げてくれる。

それが嬉しい。

今、出版界は非常に厳しい立場にあります。
本が売れないのです。
電子書籍や携帯小説なんかの影響があるのかもしれません。

それでも、紙をめくり、次のページへ目を移すことの楽しさよ。
どんなに映像技術が発達しても、演劇が映画に取って代わられることがないように
紙媒体の書物が、デジタルに取って代わられることはない。
その点は、素直に信じているし、楽観的でもあります。

さて、たまには活字を読んでみますかな。


2 Comments

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    記事読ませて頂きました(*´∀`*)記事を読むのが好きなので、また来ますね☆彡私も訪問待ってますヾ(*゚▽゚*)ノ では♪

  2. SECRET: 0
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    >北村アキコさん
    こんばんは。
    コメントありがとうございます。
    実のある話は出てきませんが
    おつき合い頂けたら幸いです。
    僕もまたお邪魔しますね。

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