君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず(くんしはわしてどうぜず、しょうじんはどうじてわせず)

TERAYAMA Shizumi/ 10月 7, 2012/ 故事成語/ 0 comments

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僕は中学生の時、陸上部に所属していました。
専門は、中長距離走です。

2年生に進級したと同時に監督が代わって
それまでのソフトな部活から一転
校内一、哀れみを買うハードな部活へ変貌しました。

その中でも、中長距離は、監督の専門だったこともあり
ほぼつきっきりで、徹底的にしごかれました。

とにかく走る。
足がつろうが、嘔吐しようが、とにかく走る。

もちろんコンディション調整も練習の一環でしたが
ほぼ、月に一度の割りあいで何かしらの大会があったので
そこへ向けて、練習は日々過酷を極めました。

1年生から3年生まで男女合同で同じメニューをこなします。
みんな必死です。
必死に食らいついていきます。

しかも1つ下の学年に、のちに県大会で優勝するような化け物がいて
そういう相手と毎日競い合わされる、こっちの身にもなってくれと
心底訴えたい気分に駆られましたが
そこは負けず嫌いの性格が災い?して、とにかく食らいついていきました。

基本的に、僕がいた時代の部活内は、結構みんな仲が良くて
体育会系でありながら、上下の関係もさほど厳しくなく
みんな、のびのびと練習に打ち込んでいました。

ひとえに、部長であった僕のカリスマ無き指導力の賜物ですね。えへん。

特に中長距離は、一致団結しないと鬼軍曹に敵わないので
個人種目にも関わらず、良い意味でまとまりがありました。

つり橋の法則の団体バージョンとでもいえば、いいでしょうか。
みんながみんな、苦しい思いをしているからこそ
脱落者を出すまいと、声をかけ合い、踏ん張り続けました。

結果、チームとしての総合力は向上し
たとえば、冬の駅伝大会などでも、上位に食い込めるだけの力が身に付きました。

まあ、あれだけ練習して記録が伸びなかったら
鬼軍曹をフクロにしていたかもしれませんが。

3年生は、高校受験が控えているので、夏の地区大会が終わると引退します。
陸上部内でも、短距離組や投擲組は引退しました。

けれど、ご存じの通り、長距離走は冬が本番です。
強制ではなかったけど(半ば強制かな)僕を含めた中長距離組は引退せず
トラックレースから、ロードレース、そして駅伝と大会が続きました。
だから、同年代が帰宅していくなか、もくもくと走り続けていたのです。

駅伝大会なんかは、本当に団体種目なので
個人の記録の合計タイム以上に、やっぱりチームの総合力が試されます。
選手層が薄かったわりに、どうにか上位に食い込めたのは
やはりチームとしての団結力が大きかったのではないかと思っています。

僕は、中学から下の記憶がほとんどありません。
中学時代も、この部活動のことくらいしか憶えていません。
というか、あまりにも鮮烈すぎて、他の記憶が上塗りされたのかもしれないです。

結局僕は、3年生の11月末まで部活動を続けました。
2週間後には、早速、私立高校の受験が始まりました。

県立高校受験の前日も、どうせ家に帰っても今さら勉強しないだろうと思い
部活へ久しぶりに顔を出し、後輩君たちと汗を流したくらいです。

鬼軍曹に代わって2年弱の期間ではありましたが
この時習ったことが、その後の人生に大きく影響していくことになろうとは
まだ気づきもしなかった15の夜。

そんなお話でした。

人生は、続く。


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