あんな翔んでる女、やめときなさい

TERAYAMA Shizumi/ 10月 15, 2015/ 死語辞典/ 0 comments

tori

「一億総活躍社会」とかね
上の方の人がこういうこと言い出したらダメですよ。
危険な匂いがプンプンしますよ。

そもそも全員が全員、活躍しなくちゃいけないんですか。
人には人の事情というものがあって
通いたくても通学できない生徒がいたり
働きたくても通勤できない大人がたくさんいるわけです。

活躍しなくてもいいから
居場所を作り、事情を認める受け皿を作ることが急務だと思うのです。

という前置きがありまして、最近ひしひしと感じていることは
共存共栄なんて言葉が流行るその裏で
没個性化が進んでいるなあということです。

平たく言えば、出る杭は叩かれてしまい
無難な平均点に収まることを美徳とする風潮が蔓延しているなと。

昔はねえ…という言葉を使うとアレですが
どの業界にもぶっ飛んだ人っていたんですよ。

もちろん口先やパフォーマンスだけでなく
中身がギュッと凝縮していて、実力が伴っている人たちです。

そしてそういう人たちを
社会全体が認めていたような気がするのです。

ところが今は、持ち上げるだけ持ち上げて
あとは叩いて潰すことが慣習になっていますから。

極論を言うと
世間がヒリヒリとしていて、余裕がなくなっているのです。
余裕がなくなっているから、遊び心もなくなってしまい
個性の違う他者を受け入れることが、困難になってしまっているのです。

そんな時代に「一億総活躍社会」なんて持ち出したところで
何に共感して、どこへ向かえばいいのかさっぱり分かりません。

たとえば、働きアリが10匹いたとしても
その内の2匹は必ずサボるアリが出てくるのだそうです。

サボったアリを除いて新たに10匹にしたとしても
やっぱり2匹はサボるアリが出てくるのだそうです。

サボるというと語弊があるかもしれませんが
社会には必ず飛び出る2匹がいて
でもそれを受け入れるだけの度量が、かつてはありました。

今は、もしその2匹になろうものなら
つまはじきにされるか、徹底的に叩かれるかのどちらかです。

日本国民はおよそ一億三千万人います。
あげ足取りではありませんが、「一億総活躍社会」だとするならば
残りの三千万人は、はみ出る2匹のアリ状態になるのでしょうか。

もし、2匹のアリになるのだとすれば
はみ出し者でもいいから
ぜひぜひぶっ翔んでいる人たちなって欲しいと思います。

こんな時代だからこそ
スーパースターの登場を期待して、ワクワクしてしまう自分がいるのです。


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