聞いてくれよ、チェケラッチョ!

TERAYAMA Shizumi/ 9月 25, 2015/ 死語辞典/ 0 comments

rappu

インターネットラジオ
「清水功太郎のホペイロのささやき」絶賛配信中!

そして待望の第3回目の配信は、10月1日(木)になります。
処女戯曲の朗読なんかもあり、内容盛りだくさんでお届けします。

くどいくらいに宣伝してます。
だって、たくさんの人に聴いて欲しいから。
1度と言わず、2度、3度と繰り返してくれたら小躍りして喜びます。

自分で言うのも何ですが、私、噛めば噛むほど味の出る男です。
つまり、酢昆布みたいな人間なのです。
一度食いついたら、もうやみつきですぜ。

実家に戻り、隠居みたいな生活をして早や幾年。
まさか、またこんな形で表舞台に立つことになる日が来ようとは。
人生って何が起こるか分からないから不思議です。

自分の望んだとおりに事が運べば、何もいうことはありません。
でもなかなか思うようにいかないことの方が、やっぱり多い。

毎日が分岐点と騒いでおりますが
どちらの道を選んでも、孤独と不安はついてきます。

だとするならば、素直に受け入れるしかないと思うのです。
無理矢理拒もうとするから、摩擦が起きて苦しくなるのであって
しっかりと孤独を抱きしめ、不安と戯れることができたなら
もう少しだけ、人生は前向きになれるのかもしれません。

言葉にすると、さぞ容易いよう見えますが
実際問題、こいつはなかなか手強いです。

だからね。
一人で全部背負うことはしなくていいと思うのです。

誰かと一緒に担いでみる。
そうすると、自分に余裕が生まれるじゃないですか。
その生まれた余裕で、今度は別の誰かの分を背負ってあげる。

計算上はプラスマイナスぜろになります。
ところが、自分一人で背負っていた時よりも
腰の据わりがいいと言いますか、肩の荷が下りると言いますか
視界が開けて見えるようになるのです。

誰かの分を背負い、誰かに自分の分を背負ってもらう。
みんながみんな、少しずつシェアしていけるなら
そこで初めて共存共栄ができるのではないでしょうか。

もちろん、この世は競争社会だという自覚はあります。
キレイごとだけで生きていけるほど、世間は優しくありません。

でもね。
誰かがやっぱり理想を語らないと。
夢物語を紡いでいかないと。

そしてそれは、自己責任の取れる大人の役割りなんですよ。
子どもはいつだって夢を見ているんです。
その可能性を、勝手な解釈で潰してしまってはいかんのですよ。

何度でも言います。
子どもは未来の宝です。
この国の希望です。

新しい時代を作るのは年寄りの仕事ではありません。
これ、某アニメの台詞ですけど、本当にその通りだと思います。

豊かさの指数は数字で表すのではなく
皮膚感覚で捉えるものです。

感じましょう。
想像しましょう。
そして行動しましょう。

自己責任の取れない大人からの提言でした。


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