一寸の光陰軽んべからず(いっすんのこういんかろんべからず)

TERAYAMA Shizumi/ 9月 11, 2012/ 故事成語/ 2 comments

$こうたろ.com

10歳までは、何にも考えずに生きていましたが、多分自我の目覚めはありました。

10代になって、思春期とか反抗期を迎え、自我への自問自答を繰り返しました。
20代は、ひたすらに突っ走っていました。それもほとんどがチキンレースでした。
30代は、まだ終わっていませんが、まあ、ものの見事に失われました。

そしてすっかりアラフォーの仲間入りをした今では
スローライフ・リトルハピネスな日々を送っている気がします。

決して、人生にゆとりや余裕が出てきたわけではありません。
毎日が悪戦苦闘という意味では、けっこう正念場です。

ただ、無茶はしても無理はしなくなりました。
自分で言うのも何ですが、心身ともに丸みを帯びてきたように感じます。
良く言えば、凪のようなおももち。
悪く言えば、牙が抜けたふぬけ。

能動的ではあっても、ガッつかなくなったし
希望はあっても、それにすがるようなことはなくなりました。
結局のところ、なるようにしかならないんだなあと。

これを成長と呼ぶのか、老いたと呼ぶのか、それはまだ分かりません。
なぜなら、まだ心の種火がくすぶっていることをはっきりと自覚しているからです。
種火を再び燃え上がらせるのか、このまま鎮火してしまうのか。
その判断がつきかねています。

いや、違うな。

正確に言えば、燃え上がらせたいんだけど、打つ手が見つからないだけですね。
にも関わらず、そんな状況に慣れ始めている自分がいて
でも、このまま流されていくことにおののいているという複雑な胸の内。

やっぱり、もう一度チャレンジしてみたいと思うのです。
芝居も、恋も、仕事も、プライベートも。

このまま枯れて朽ちていくには、いくらなんでも早すぎます。
もうチキンレースはこりごりですが、バイクにはまたがりたい。
原付をフルスロットルするのではなくて、大型車を走らせたい。
かろうじてしがみついている、やんごとなき尻尾を
主体性を持って、握りしめたい。

そのためには。

やっぱり家を出なくちゃダメだし、荒波に飛び込んでいかないと。

課題は山のようにあります。
一つ一つクリアしていかないと、そんな願望も叶いません。
逸る気持ちと、まだまだダメだよという気持ちのぶつかり合い。

戦場は、心の中。
欲というものについて、よくよく考えてみたいと思います。

…こんな言葉遊びができるうちは、まだかろうじて大丈夫かなあ。


2 Comments

  1. SECRET: 0
    PASS:
    いつでも迷子のふーは
    こうたろさんでもとまどいがあるんだなっ・・・て
    思いました。
    いつでも夢をおいかけてるこうたろさんを
    素敵だなって思ってもいいですか?
    ずっと応援してます。
    空はどこから見ても一緒だよ。つながってるんだから。

  2. SECRET: 0
    PASS:
    >ふーさん
    僕はいつも、分岐点、分岐点と大騒ぎしています。
    そのくせ、決断力がなかったり、判断が遅かったりと
    まあ、己の性格と毎日が闘いですね。
    それでも、ふーさんみたいな人のおかげで頑張ることができるのです。
    いつもいつもありがとう。

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