管鮑の交わり(かんぽうのまじわり)

TERAYAMA Shizumi/ 9月 8, 2012/ 故事成語/ 0 comments

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親愛なる君へ

今夜は、久しぶりに君へ手紙を書こうと思い、筆を執りました。
こちらは日付をまたぎ、すっかり夜のとばりも下りたところです。

こんな時間に、こんなに落ち着いた気持ちでいるのは久しぶりかもしれません。
ここ数日は、ばたばたしていたから、余計にそう感じるのでしょうね。

日中は、まだまだ暑い日々が続いているけれど
窓の外から零れ落ちる虫の音が、秋の訪れを静かに告げています。
また一つ、季節が移ろうとしているのです。

最近は、自分がこのまま年老いていくことへの不安と淋しさのようなものから
少しだけ解放されていることに気がついて、驚いています。

もちろん現実的な話を持ち出すと、一気に気分が滅入りますが
なんというか、人生をどんどん穿った見方をするようになっている気がして
若い頃の「なるようになる」という無鉄砲な感覚とは違った
川面を流れる一枚の葉のように、いつかどこかへたどり着くのだろうと
そんな予感めいたものがあるのです。

だからオカルトでもなく、スピリチュアルでもなく、ましてや宗教でもなく
何ものにもすがらないたくましさと、独り立つ地平があればいいなと思います。

突然ですが、旅に出たいと思いませんか?
ガイドブックを開き、地図を片手に観光名所を回るような旅ではなく
風にさすらうような旅です。

だから恐らくは日本を離れた方がいいのでしょうね。
東南アジアを経由してインドを目指すことも考えましたが
今の僕はシルクロードを旅してみたいと考えています。

アジアの東の最果ての地から
ヨーロッパの入り口まで横断してみるというのは、どうでしょう。

もしかしたら、途中で挫折してしまうかも知れません。
挫折ならまだしも、沈没してしまうかも知れません。
中央アジアの名もない小さな町で、沈没してしまうのです。

けれど万が一その可能性があったとしても
僕はパッケージツアーではなく、風にさすらう旅を選びたいと思います。
自分の足で歩いて沈没していく旅を選びたいと思います。

旅の間、僕は日記を書くつもりです。
忘備録なのか、ただのつぶやきなのか分からないけれど
日本にいる時には、決して語ることのできなかった言葉が並ぶでしょう。

そこで君にお願いがあります。
万が一、僕がどこかで沈没するようなことがあった時
遺体はモンゴルの草原に放り投げてくれればいいから
その日記だけは持ち帰ってもらえませんか。

その日記帳には、日本で語ることのできなかった
本来のあるべき姿の僕がいるような気がするからです。
君になら、その日記を託すことができる。
読んで焼くなり、捨てるなり、それは君の裁量にお任せします。

もっとも、君にはすべてお見通しだろうから
驚きも新鮮さもないとは思うけど。

なんだか自分の話ばかりになってしまいました。
便りがないのは良い知らせとは言いますが、せめて夢で逢えたらね。

思い出は心の砂浜に。
この手紙が無事、君の手元に届くことを祈っています。

それじゃあ、またね。


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