光陰は百代の過客なり(こういんははくたいのかかくなり)

TERAYAMA Shizumi/ 9月 2, 2015/ 故事成語/ 0 comments

tabi

残暑よ、どこへ行ったのだという勢いで9月が始まりました。
少しずつ暖かくなる初夏の陽気と違って
少しずつ冷え込んでいく初秋では
じゃっかんセンチメンタルな気分になりがちです。

だからか。
だから毎年この季節は気分が沈んでしまうのか。
そしてそのまま冬を迎えて1年が終わるのか。

と、まあ毎年鬼門の秋と騒いでおりますが
今年は仕事にイベントに盛りだくさんの9月が待っています。
沈んでいる場合じゃありません。
むしろ浮かれ気分でワクワクしております。

僕は気分屋の性格なので

この浮き沈みが結構激しいのです。

ナチュラルハイのスイッチが勝手に入ることもあれば
淀んだ気持ちが永遠に続くんじゃないかと思うこともあります。

ところがどっこい
こちらがどんなに浮かれていようが沈んでいようが
時の流れは止まりません。

時間の流れは無限なのか有限なのか、という問題はあるけれど
少なくとも僕を取り巻く環境では、ゆるりと流れているようです。
流れている以上、残念ながら抗うことはできません。

だとすれば
自分の方から流れに身を委ねてみたらいいんじゃないかと思うのです。

昔は1日30時間欲しいと切に願っていました。
それは今でも変わりません。

変わりませんが、無理なモノは無理。
じゃあ、1日24時間、1年で365日、与えられた時間の中で
その限りある環境の中で、やるべきことをやるしかないないのです。

そう考えると、出来る限り楽しんだ方がお得じゃないですか。
落ち込んだりもしたけれど、私は元気ですってやつです。

何をもって楽しいと考えるのか、それは人それぞれです。
100人いたら、100通りの楽しみ方があっていいと思います。

どうせ、孤独と不安からは抜け出せないのです。
この二つは、生きている以上必ずついて回ります。
人の成長を妨げる原因はこの二つです。

足踏みをしているだけで前進できていないのじゃないかとか
むしろ後退しているのじゃないかとか
考えてしまうことはよくあります。

でもね、進む時は進むし、後退する時は後退するんですよ。
…くらいに思っていればきっと大丈夫。

大切なことは、息をすることではなくて行動すること。
この言葉も誰かの受け売りですが
行動するなら、じたばたあがいてみようじゃないですか。

無駄なことなんて一つもないなあと
この歳になってようやく気がつきました。

という、おっさんのつぶやきでしたとさ。
おしまい。


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