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TERAYAMA Shizumi/ 7月 18, 2015/ Content Idea/ 0 comments

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今日は何の日:ネルソン・マンデラ・デー

どうしても見過ごすことができないので書きます。
昨今、国内を揺るがしている安保法案についてです。

まずは、個別的自衛権と集団的自衛権の違いについて。

「個別的自衛権」
国連憲章上の用語で,武力攻撃を受けた国が,必要かつ相当な限度で防衛のため武力に訴える権利。
(ブリタニカ国際大百科事典より、抜粋)

「集団的自衛権」
外国からの武力攻撃が発生した場合,被攻撃国がもつ本来の自衛権 (個別的自衛権) と並んで,この国と密接な関係にある他国がその攻撃を自国の安全を危うくするものと認め,必要かつ相当の限度で反撃する権利。
(ブリタニカ国際大百科事典より、抜粋)

分かりやすく例えると
「個別的自衛権」⇒俺を殴ったな。殴り返してやるぞ。
「集団的自衛権」⇒俺の友達を殴ったな。殴り返してやるぞ。

ということになります。

今回の安保法案では
俺の友達を殴ろうとしているな。俺が先に殴り返してやる。
お前が武器を使おうとしているなら、俺が先に武器を使ってやる。

ざっくりまとめるとこういうことになります。

友だちとは、もちろんアメリカのことです。
つまり

アメリカが首を突っ込んでいる世界中の紛争や戦争に
日本もついていくぜ、自衛隊という軍隊でなと言っているのです。

国際平和に日本も貢献しなさい
(あるいはしたい)という理屈は分からないでもない。
でも他国にならって武力をもって解決するのかという理屈は筋が通らない。

だって、日本の憲法では、それを認めていないから。

認めていないにも関わらず
勝手な解釈で武力行使を容認しようとしていることが、そもそもの間違い。

かつて、国際紛争があった際に、日本はお金だけ出していればいいのか?
そんな議論がありました。

いいじゃん、お金出して解決するなら。

いや、もちろんお金を出すことなく、平和的に解決することが外交の務めです。
国際社会から軍隊を出せと言われたのかどうか、定かではありませんが
出せないものは出せないと突っぱねればいいだけのことなんです。

そんな議論から紆余曲折を経て、今日に至っています。

合憲とか違憲とか、そういうことは専門家に任せるとして
ただただ単純に、国民の命を危険にさらしていいの?ダメでしょ、それは。
これが僕の考えです。

与党内に反対者が一人もいないということが不思議でなりません。
いたとしても、名乗り出なければいないのと同じことです。
保身のために名乗り出ないというのであれば、今すぐ政治家を辞めてください。

デモを止める警官隊や、自衛隊の中にも反対者はいないのでしょうか。

今日は、67分間、誰かの幸せのために時間を費やす日です。
僕は自分と自分の愛する人と、将来の日本を背負う子どもたちのために
この時間を使いたいと思います。

みなさんにとっての平和とはなんですか。
命の重さとはなんですか。

冷静に、もう一度考えてみませんか。


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