上段と下段の違いは才能と天才の違いだ

TERAYAMA Shizumi/ 6月 27, 2015/ 映画の名セリフ/ 0 comments

si-so

出典:アメリカ交響楽

これ、補足が必要ですね。
上段に才能、下段に天才という、一種のアイロニーです。

誰にでも才能はある。
でもそれがどんな才能なのか分からないから
みんなもがきバタつき苦悩しながら生きている。

と考えるならば、もしかしたら天才と呼ばれる人たちは
自分が持っている才能に気がついた人たちなのかもしれません。
なおかつ、その才能をいかんなく発揮する手段まで。

誰だって、自分の好きなことをして生きていきたいじゃないですか。
でも、好きなことと才能が必ずしも一致するとは限らない。

限らないんだけど
それでも僕は思うのです。

才能は情熱の量に比例する。

適材適所なんて言葉はどうでもいい。
自分が信じた道にどれだけ情熱を注ぐことができるのか。
情熱を注ぐ力のことを才能と呼ぶのではないかと。

才能あふれる人は、妥協という言葉を知りません。
とことん惚れぬいて努力を惜しまない。
むしろ自分が努力しているとさえ気がつかない。

当たり前のことを、当たり前にやっているだけなのですから。

そもそも何かに夢中になると、周りの目なんてどうでもいいし。
他人の才能を妬む暇があるのなら
目の前の出来事に、もっと集中すればいいだけのことなんです。

子どもの頃、確かに僕たちの想像力は無限大だった。
それが学校という枠組みに入れられて
否がおうなしに他人と比較させられて
そして可能性の扉を閉じていく。

学校というシステムが悪いというのではありません。
世の中には、自分の力だけはどうにもならないことがあります。
学校は、そのことを教えてくれます。

でもね
才能ってやっぱり他人と比較するものじゃないと思うのです。

学校の定期テストなんて
ある可能性のごく一部を数値化しただけのことで
それで人生が決まるわけではありません。

だって、偏差値の高低だけが人生ではありませんから。

知識は知識として
あればあったで、何かしらの役に立つのかもしれません。
そういう道に進みたい人は、ガンガン勉強すればいいのです。
勉強することだって才能の一つですから。

ただそれがすべてじゃないよって。
世の中は面白いことだらけで満ち溢れているんだよって。

大切なことは
自分で気づき、考え、行動すること。
その時に必要なものが、想像力を創造力に変える力です。

義務教育なんて、長い人生の中でたった9年しかありません。
もちろん、その9年間が大きな意味を持つことを否定しませんが
たったそれっぽっちのことじゃないかと笑い飛ばせるだけの
そんな道があってもいいんじゃないかと思っているのです。


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