玉琢かざれば器を成さず(たまみがかざればきをなさず)

TERAYAMA Shizumi/ 6月 1, 2015/ 故事成語/ 0 comments

tama

昨日の投稿で、「壁にぶち当たる」話を書きました。
今日は、もう少し突っ込んだ話を。

人間には生まれ持った資質というものがあります。
残念ながら、こればっかりはどうにもなりません。

でも逆に言うと、どんな人にも何かしらの資質があると思っています。
学問だけが人生ではありませんし
運動能力だけが人格を決めるわけでもありません。

問題は、適正。
もっと言えば、適材適所。

自分の興味のあることと、資質は必ずしもイコールではありません。
思うようにならないのが人生であって
だからこそ、毎日のように唸りながらどうにか生きているのです。

大抵の人は、自分の中の眠れる才能に気がついていません。
僕自身だって、果たしてどこにどんな才能があるのか分かりません。

簡単に答えが欲しいのであれば
占い師やいたこさんに尋ねればいいだけのことです。

ただ、一つ言えることがあるとすれば

資質や才能は、待っていても現れてくれません。
自分から掘り下げて、つかみにいかなければならないのです。

人はそれを努力と呼びます。

たとえば、プロテニスプレーヤーの錦織選手だって
今でこそ世界のトップレベルにいますが
最初からこのポジションにいたわけではありません。

ランキングの低いところからスタートして
練習を積み重ね、実践を繰り返し、ようやくたどり着いたのです。

もし、才能を開花させる方法があるのだとすれば
それは、まずその対象を好きになってしまうことではないでしょうか。

好意を抱く程度では物足りません。
とことん骨の髄まで惚れ抜くのです。

それからもう一つ。
ひたすら継続し続けることです。

少しかじって芽が出なかったからといって
才能がないとあきらめてしまうのではなく
一心不乱に、信じた道を歩き続ける。
何年も何年も歩き続けると、ある日視界がパッと開ける瞬間があるのです。

適材適所という言葉を先に述べましたが
あくまでもそれは他人から見た結果論であって
自分の人生は自分で決める。
決めたからには、とことん惚れ抜いて、何年も歩き続ける。

すると、ある日突然才能が開花することが往々にしてあり得るのです。

歳を取ったから遊ばなくなったのではない。
遊ばなくなったから歳を取ったのだよ。

イギリスの作家、バーナード・ショーの言葉です。

遊ぶ、つまり昨日でいうところの〇〇ごっこですね。
これはなにも役者に限ったことではなく
どんな職業、どんな人生にも当てはめることができます。

たった一度しかない人生です。
座して老いて地に還るのか。
それとも、冒険を求めて旅に出て荒野で朽ち果てるのか。

どちらがいいとか悪いとかの問題ではありません。
これもまたその人の人生観に対する資質の問題です。

いずれにせよ、後悔することほどもったいないことはありません。

どうぞ、あなたの選んだ道を
とことん惚れぬいて、ひたすら歩み続けてください。

以外と、近いところに芽が咲いているかもしれませんよ。


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