make believe

TERAYAMA Shizumi/ 5月 31, 2015/ 英語/ 0 comments

英語
: My daughter made believe that she was a princess.
: Let’s make believe we are ninjas.

役者の仕事は
他人が書いた他人の人生のある部分を
間借りして板の上に立つことです。

もしかしたら、あり得たかもしれないもう一人の自分として。

でもそれは、役柄のすべてを100パーセント信じ込むのではなく
客観的に俯瞰している自分も同時に必要になります。

ここに、ある種の乖離状態が生まれます。

これ以上突っ込むと
技術論に始まり、演劇とはなんぞや?
みたいな話になってしまうので、今日は割愛します。

少なくとも、演劇の神様が降臨してきて自分を導いてくれる
なんてアニメのような展開にならないことだけはご理解下さい。

それは作家の仕事も同じで、

どんなに待っても、作家の神様は降臨してきません。
あくまでも技術で勝負するしかありません。

ただ嬉しいことに、技術は磨けば磨くほど研ぎ澄まされていくのです。

けれど、みな、一度は大きな壁にぶち当たります。

分かりやすく言うと、RPGで主人公がレベルアップしていくのと同じことで
最初のうちは、少ない経験値でレベルアップしていくものが
次のレベルへ進むためには、段々と、より多くの経験値を必要とします。

なかなか次のレベルまで進まない。
そうすると、自分の限界はここまでなのか?!と疑い始めてしまうのです。

これが、いわゆる「壁にぶち当たった」状態のことです。
この壁を乗り越えるのか壊すのか、あるいは引き返してしまうのか
そこの判断は、当事者であるご本人の意思しだいということになりますが
突き抜けると、そこには、今までに見たことのない風景が広がっているでしょう。

こうして新しい景色を歩いていると、また壁がやってくるという
そういうサイクルを延々と繰り返していくことになるのです。

役者の仕事に話しを戻すと
つまるところ、究極の〇〇ごっこに近いのかもしれません。

棒切れを持てば、チャンバラごっこが始まるし
砂場へ行けば、おままごとができる。

遊んでいる時は無我夢中です。
どっぷりとその世界の登場人物になりきっています。

けれど、親の「帰るよ」の一言で
まるで魔法が解けたかのように、いつもの日常へ戻ってくる。

演出家の「カット」というかけ声だったり
カーテンコールの拍手だったり
役を演じていた自分から、素の自分へ戻ってくる瞬間と同じです。

「舞台上で行われていることはフィクションでも
舞台上にいる人物にとっては、ノンフィクションでなければならない」

昔お世話になったことのある演出家さんの言葉です。

信じる心が強ければ強いほど
また、誤解力も強くなっていくのです。

これって、恋愛にも当てはまりますね。


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