らくだ

TERAYAMA Shizumi/ 8月 21, 2012/ 落語/ 2 comments

$こうたろ.com

本当の自分らしさと出逢ったことがありますか?

僕は、今でもこの本当の自分らしさというものが分かりません。
なぜなら僕は、社会的営みの中で生きていこうとするなら
必ずなにかしらのキャラクターを演じ分けているからです。

人間の行動指針は、生まれ持った性格ではなく
その人の置かれた立場や環境が作り出す、と以前どこかで書きました。

たとえば、会社で上司に怒られている時の自分と
恋人と2人きりでいる時の自分は、明らかに別人です。

好きな人の前ではすべてをさらけ出せるという人がいます。
恐らくは本当のことでしょう。

でも他者というフィルターを通して見ると
それは、素の自分を演じているつもりのあなた、と映ります。

私たちは、状況に応じていくつもの顔を使い分けます。
だとすれば、あれも私だし、これも私だし、色々な私がいることに気がつきます。
頭をなでてやりたい自分もいれば、飛んでいなくなれと思う自分もいます。

そして葛藤が生まれます。

他者との人間関係に悩む前に、自分自身との関係に悩むのです。
本当の自分らしさとは何だろうと考えるのです。

心の声に耳を傾け、怒りたい時は怒って、笑いたい時は笑えばいい
なんて、自己啓発本を読めばいくらでも書いてあります。

けれど、みんながみんな、そんなことをしたら世の中はひっくり返ります。
だからどうしても、ある限定された条件がついてまわるのです。
無条件で自己肯定される機会なんて、もしかしたらないのかもしれません。

ものすごく極端な例を挙げます。

朝の8時と夜の8時(20時)の僕は、別人と言ってもいいかもしれません。
不機嫌で寝ぼけていて思考回路がほとんど停止している僕と
パソコンの前で、あーだこーだとブログを更新している時の僕は
テンションから声のトーンから身振りや仕草まで似て非なるものです。

でも、「こうたろ」という人間には変わりありません。
どちらが、ではなくて、どちらも、です。

なぜ、僕は自分で自分を演じ分けなければいけないのでしょうか。
そして昭和世代よりは、平成世代の方が、この演じ分けは上手な気がします。

なんでだろう。
それだけ世の中が悲鳴を上げているからでしょうか。

「物事の本質は、誤解の総体である」というのが僕の見解です。
さて、あなたはいつ、どこで、どんなキャラクターをを演じ分けますか?

それは本当のあなたらしさですか?


2 Comments

  1. SECRET: 0
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    ときどき、使い分けてる自分が、なんだか嫌になるときがありますよ・・・オトナなら、仕方ないんだよ、と、自分に言い訳するときも・・ホンネが自分で分からなくなって、迷子の気分になったり。
    年齢的には不惑でなくちゃ、いけないんですけどネ

  2. SECRET: 0
    PASS:
    >ぷりんさん
    意識的にせよ、無意識的にせよ、大人も子どもも色々な顔を持っていると思います。そして自問自答します。だって人間だもの(笑)
    ありのままの自分が、必ずしも正しい姿とは限りませんが、
    息苦しい自分は、できるだけ避けたいですよね。
    どうせなら、気持ちよく生きたいですから。

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