思えば昔はゲルピンだったなあ

TERAYAMA Shizumi/ 5月 16, 2015/ 死語辞典/ 0 comments

binnbou

春から新しい仕事に就いて
自作弁当生活が続いています。

最初は、おにぎりとカップラーメンで攻めるつもりでしたが
あえなく最初の週で断念。
早々に見切りをつけました。

かといって、毎日外食する余裕はないし
コンビニ弁当にも限界ある。

ということで
つくりおき弁当マニュアルみたいな本を買いまして
一週間分の弁当のおかずを、まとめてざざっと作るようになりました。

で、下味だけつけて冷凍した惣菜を
朝、解凍と同時に味付けして弁当箱に詰めています。

市販されている冷凍食品が好きではないし
コストパフォーマンスを考えると、やはり自作がベスト。

そんなわけで、毎朝時間と睡魔と闘いながら
どうにかやりくりしています。
果たしていつまで続くのやら。

それもこれもね

根っからの貧乏性のせいなんです。

いつも財布の中身はその日をしのぐだけの額しか入っていないし
かといって、銀行に大金を預けているわけでもありません。

そして、何と言ってもお金の使い方が下手過ぎる。
という自覚はあります。

給料が入れば、散財しちゃうし
逆に残りわずかだと分かった時は
一攫千金を狙って、サッカーくじを買ってしまうし。

あ、散財といっても銀座や六本木で飲み明かすとか
そんなイメージではないですよ。

僕の贅沢なんて、本当に微々たるもので
ガマンしていた本をまとめ買いしちゃうとか
普段は素通りしているラーメン屋に入るとか、そんなものです。

ただし、手元には残らない。
微々たるとはいえ、あればあるだけ使い切ってしまいます。

貯金ができないんですよねえ。
これが痛い。

そしてさらに
ストレスが溜まると、買い物に走るということも
つい最近になって気がつきました。

とはいえ、何度も繰り返しますが
買うもの自体、たかが知れているのです。

普通に就職して生活を送っている同年代と比べると
もはや、笑うに笑えない生活水準まで落ちています。

だって、結婚して子どもがいて、マイホームを建てて…
という世代ですよ、僕らは。

人生、お金がすべてとは思いませんが
あまりにもストレスを抱えると、性格までしみったれてくるので
そこだけは気をつけるように心がけています。

もはや終身雇用の時代は終わっているので
正社員になったとしても、一寸先は闇です。

それでも、安定という生活を放棄して、まもなく20年。
貧乏であることがステイタスみたいな時期もありましたが
好きなことをやっているのだから、仕方がない
という考え方もどうなんだろうと思うようになりました。

僕の性格からして、二兎を追うことって結構シビアで
どっちつかずになってしまうことを恐れています。

だからね。
身なりは貧しくとも、心は錦でいようと思っています。
そしてそんな自分が、嫌いではない。

貧乏はいやだけど
心の自由度がなくなることの方がもっと怖い。

人生の半分をこんな調子で生きてきたのだから
これからもしばらくは同じことを繰り返すのでしょう。

先が分からないのが人生の醍醐味ですから
あとは座して待つだけみたいなことだけとは、無縁でいたいと思います。


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