自分で自分をほめたい

TERAYAMA Shizumi/ 5月 3, 2015/ 死語辞典/ 0 comments

homeru

「他人に話した時点で、トラウマはトラウマでなくなる」
という趣旨の言葉を、ゼミの先生が仰ってました。

シナリオの中の、台詞のダメ出しだったのですが
これって、人生そのものだなあと、えらく共感した覚えがあります。

自分がトラウマを抱えているとは言いませんが
触れられたくない過去の一つや二つはあるし
消えない汚れや痛みだっておそらくはある。

歳を重ねて、人生がどんどんシンプルになってきてとはいえ
シンプルになったゆえに、手元に残ったものを顧みると
墓場まで持っていくことになりそうなものが、より鮮明になります。

笑い話にするには重たくて
でもいい加減昇華させてあげたいものが見えてくるのです。

僕は、どちらかというと、愚痴ってすっきりするタイプではないし
むしろ愚痴ることで、逆に不平不満が増加してしまうことがあります。

問題は、どこでそのストレスを解消していくのかってことです。
溜めこむばかりでは、身が持ちません。
きっちり後処理をしないと、どんどん積み重なっていくばかりです。

だから、

こうして文字に起こすことで、整理をつけているのかもしれません。

僕は将来のことを考えて、今の人生設計を組み立てるタイプではなく
今が満足できて、その繰り返しで人生が満たされると思ってきた人種です。
だから、毎日が100点じゃないと気が済まなかったのです。

それが、段々と肩の力が抜けてきたのか
あるいは入らなくなってきたのか、
人生、毎日が100点じゃなくたっていいと思えるようになりました。

36点の日や73点の日があってもいい。

あってもいいのですが
でも、心の奥底ではまだ100点を渇望している自分がいることも確かなのです。

それはきっと、自分の人生を減点法で計算しているからなのかもしれません。
あれもダメだった。これも出来なかった。だからマイナス〇点。
結果、36点になったり、73点になったりしてしまう。

そうではなくて、加算方式で考えられるようになれば、もっと楽になれるのに。
あれも出来た。これも出来た。ここまで出来た。だからプラス〇点。
結果、36点の日もあれば、73点の日もある。

いきなり180度方向転換することは難しいですが
徐々にシフトチェンジできたらいいなと。

でもね、ぶっちゃけ私思うのですよ。

加算方式でいいんだよって、本心で言える人って
きっと減点方式で生きてきて、常に限界に挑んできた人なんだって。

だから言葉に説得力がある。

初めから、手を抜いていた人に加算方式がなんたるかを説かれても
絶対に信用できないですよ。

ということで、おっさん、まだまだ頑張ります。
自分で自分をほめるのは、墓場に行ってからでいいや。

…なんのこっちゃ。


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