イタリーではボルジア家三十年の圧政の下に、ミケランジェロ、ダヴィンチやルネッサンスを生んだ…

TERAYAMA Shizumi/ 3月 31, 2015/ 映画の名セリフ/ 0 comments

hatodokei

出典:第三の男
「イタリーではボルジア家三十年の圧政の下に、ミケランジェロ、ダヴィンチやルネッサンスを生んだ。スイスでは五百年の同胞愛と平和を保って何を生んだか。鳩時計だとさ」

与えられた条件が厳しければ厳しいほど
その中で、ビックリするほど才能あふれる作品に出会うことがあります。

モチベーションは色々あるでしょう。
でもやはり人の心を打つ作品は、痛みを伴っているものだと思うのです。

ぬるま湯に浸かっていたのでは、まあまあの作品しか生まれない。
チキンレースのギリギリのところで勝負するからこそ
圧倒的なエネルギーを放つことができるのだと思うのです。

人の心は、恐怖心でコントロールすることはできません。
圧政や抑圧といった足かせをつけたところで
本物の才能は、枯れることなく、むしろ輝きを増すのではないでしょうか。

なんてね、相変わらず威勢のいいことほざいていますが

結局、作品を生み出すスタート地点は自分一人なわけだから
まずは、この孤独に打ち勝つ必要があります。
しかし、僕は大抵の場合、ここでつまずくんですですけどね。

後世に名を越した芸術家たちの素晴らしいところは
作品を創り続けたことではないでしょうか。

10年に1作品くらい、とんでもない作品を生み出す人もいるかもしれませんが
初めての作品は誰にでも作ることができます。
問題は、質を上げながら継続して生み出していくことです。

一つの作品でさえ、精根尽きるまでエネルギーを注ぐのに
その行為をさらにグレードアップして続けていく。

これ、口で言うほどまったく簡単ではありません。
想像をはるかに超える体力と精神力が求められます。

そしてこの体力と精神力を鍛えるためには
やはり、作り続けるしか方法がないのです。

たとえば、今回は10cmのハードルを用意して、無事にそれがクリアできたなら
次は、ハードルの高さを20cmにしてみる。
その次は30cm…と、少しずつ高さを上げていきます。

50cmの高さが飛べる頃には
10cmで苦労していたのがウソのように身軽になるんです。

でも毎回ハードルの高さは上がり続けているので
楽になったなと感じる余裕はありません。

ひたすら、その繰り返しなんですなあ。

壁にぶつかったら壊していけばいいのですが
成長そのものが止まってしまったのではないか
という不安が時々顔を出します。

実際、自分に残された物理的時間や、伸びしろを考えると
笑いごとでは済まされません。

それでもいつか1mの高さをクリアできるのではないか。
そう信じられるうちは、まだまだあがき続けたいと思うのです。


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