山中の賊を破るは易く、心中の賊を破るは難し(さんちゅうのぞくをやぶるはやすく、しんちゅうのぞくをやぶるはかたし)

TERAYAMA Shizumi/ 3月 11, 2015/ 故事成語/ 0 comments

yakuza

好奇心が旺盛と言えば聞こえはいいですが
何でもかんでも目移りしていたのでは、ただの浮気性ですね。
落ち着きがないというか、集中力がないというか。

いや、集中力はあるんですよ。
ただ、その使い方を間違っているような気がします。

本末転倒。
つまりは順序がバラバラなんです。

気分転換に一息だけつくはずが
そっちの方に夢中になってしまって、気がつけば朝。
なんてことはよくある話で、本来の作業がまったくはかどっていない。

で、本質の部分を先送りにするから、いつも追い込まれてしまう。
ギリギリで仕上がればまだ御の字ですが
もちろんアウトの時もあるわけで
ああ、己はなんて意思が弱いのだろうと、そこで初めて反省するのです。

でも同じことを繰り返すということは
これまでの教訓が活かされていないということで
開き直りにも似た境地へ達してしまうのだから始末に負えない。

という自虐的ネタからスタートした本日。

霞だけ食べて生活できるなら、仙人になるのも悪くないと思いつつ
実際はそういうわけにもいかないので、基本的な営みが必要です。

この世に生を受けて生きていくということは
必然的に社会と関わりを持って生きていくことになります。

完全なる孤独になるということは、ほとんど無理だと思います。
たとえば家に引きこもっていても
食事を取れば、そこには他人の手が必ず入っているからです。

で、まあ社会と関わりを持ちながら生きていくためには
自分で自分を律することが必要なんですね。

なんでもかんでも意のままに生活することは、やっぱり不可能だからです。
誰もかれもが好き勝手に生活していたのでは、社会は成り立たちません。

あとは程度の問題です。
もしあなたがアスリートなら、厳しい生活を強いられるだろうし
学生でいるならば、ある程度の自由があるのかもしれません。

この境界線を理解していれば、今の自分の立ち位置が分かるはずなんです。

未成年による痛ましい事件が後を絶ちません。
未成年だから大々的に報道されてしまうのかもしれません。

いずれにせよ、社会との接点を理解していないから
境界線に気がつくこともなく、平気で他人の領分を犯してしまう。

僕個人的な考えとしては
成人していても未成年だとしても
超えてはならない一線を越えてしまった者には
たとえ同じではないにしろ、それ相応の罰を与えるべきだと思っています。

加害者の背景とか考慮しつつも、罪は罪として償わせないと
被害者が浮かばれないからです。

ましてや、選挙権を18歳から与えるならば
少年法もセットで考えてもいいんじゃないかなと。

権利と義務は常に同時にパックでないと不公平になります。

自分に厳しくし過ぎる必要はないのですが
ゆるゆるなのもどうなんだろうと
我が身を振り返りながら、最近のニュースと照らしあわせて考えてしまう
今日この頃です。


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