talk (人) into ~ing

TERAYAMA Shizumi/ 1月 26, 2015/ 英語/ 0 comments

英語
:Ken talked me into joining his baseball team.
:She is going to talk her father into buying a new PC.

「物語はフィクションでも
舞台上の登場人物にとってはノンフィクションでなければならない」

芝居の養成所に通っていた時に
某劇団の演出家さんに言われた言葉です。

なるほど、そうだよなあと妙に納得した若かりし日々の僕。

時を同じくして、インプロヴィゼーション(以下、便宜上、即興芝居)と出会い
目からウロコの体験をして
それが後に役者としても、作家としても、演出家としても
僕の芝居の方向性を決定的にした要因の一つとなりました。

パフォーマンスとしての即興芝居も面白いのですが
僕は役者の基礎トレーニングとしての即興芝居に興味があって
あれやこれやとアレンジしながら、メニューを考えていました。

現場を離れて久しいので
即興芝居の現状が、どのように変化しているのか分かりかねますが
今でも、役者のみならず表現者であろうとする人ならば
経験して損はないと思っています。

検索すると、様々な団体の活動が見られますので
興味のある方は、ぜひ試して体験してみて下さい。

先日、「満月の夕」というドキュメンタリー番組を見ました。

阪神淡路大震災から20年が経ちます。
当時、被災地を訪れた某歌手が
現地の人々を勇気づけようとして「満月の夕」という唄を生み出しました。

そしてその後も多くのアーティストがカバーをして
東日本大震災の被災地でも、歌い継がれています。

YouTubeで検索すると
本当にたくさんのバージョンがアップされています。

なぜ、この曲が多くの人の心を掴まえて離さないのか。
それはありきたりの言葉ですが
「ウソ」がないからなんだと思うのです。

被災地の人々の心を代弁して、なお勇気づけるこの唄には
あれほどの悲惨な爪痕を残した震災に対して
立ち向かえるだけの説得力があるからだと思うのです。

人間って本当にかしこいなあと感心するのは
「ウソ」と「ホンモノ」を本能的に見別ける能力を持っているということです。

もちろん、何が誰の琴線に触れるのか
それは個人個人によって違いがありますが
たくさんの人の共感を得られるものって、実はそれほど多くはない気がしています。

芝居の話に戻ると
他人が書いた台詞を、自分の身体を通して、観客へ届けるという行為が
役者の務めであり、それに見合う脚本があって、演出があります。
だからどこかに「ウソ」があるとすぐにバレて、残念な作品だなあとなってしまうのです。

どこぞの国のトップの人の言葉がむなしく響くのは
彼にとっての思想や理想が、現実と乖離しているからです。

威勢のいい言葉を、どれだけ垂れ流そうとしても
今、この世で起こっている出来事に対抗できるものでないと
国民の感情はどんどん離れていきます。

僕が、ここ数日のニュース番組を見て感じることは
政治家もコメンテーターも報道する側も
どう対応していいのか困っているなあという違和感です。

旗を振ってはみるけれど、踊る人がいない。
踊っていいのかどうかすら分からない。
そんな違和感です。

他人を説得するするって、簡単そうで実はものすごくやっかいなことです。
俗物的な例えだと、「恋愛」がその最たるものですね。

いずれにせよ
もしかしたら今日本は歴史の分岐点に立たされているのかもしれない。

なんて思ってしまうのは大げさなことでしょうか?


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