SHIMIZU Kotaro/ 12月 17, 2014/ 故事成語/ 0 comments

sayonara

「努力すれば夢は叶う」とは言うものの
絶対に叶うかと言われれば
不可能なことだってあるんだよということを
悲しいけれど、僕たちは経験上知ってしまいました。

ただし、「努力しなければ夢は叶わない」ということは
紛れもない事実であって
どんなに生まれつきの才能に恵まれたとしても
必死になって磨かなければ、何の役にも立ちません。

やっかいなことは、自分のポテンシャルと希望が一致しない時。
でもそれは他人から見た判断なので
本人がよかれと思ってやっていることなら
外野は口出しすべきではないような気がします。

どうして、こんな話題を持ち出したかというと

いつから僕たちは夢を追いかけなくなってしまったのか
という素朴な疑問が浮かんだからなのです。

子どもの頃、将来の夢ってきっとみんなあったはずなんですね。

もちろん叶えている人だって大勢いるとは思います。
でもキラキラしていた、かつての輝きがなくなっているように思えるのです。

憧れの職業に就いたとしても
実際は、夢描いていたほど華やかな仕事ではなく
どちらかと言えば、心労が絶えないほど厳しい現実に打ちのめされていたり。

生活に追われてしまうということが、一つの原因なのかも知れません。
夢=憧れが、生活=現実になった時
人は何かを手に入れて、何かを失うのでしょう。

いつものように、すんごい前置きが長くなりましたが
今回のタイトルにこじつけるなら
あきらめたモノは、いつしか遠くへ離れて行き
切望するモノは、意外と引き寄せられるんじゃないかと思うのです。

ただし、引き寄せるためには行動力が必要になってくるのですが。

そういう意味で、僕なんか本当にオメデタイ人生を過ごしています。
この歳になっても、まだやりたいこと叶えたいことがあって
実現するために、あれやこれやと行動することができる環境にいるのですから。

楽ではないです。
決して安易な道のりではありませんが、自分の路は自分で決める。
そしてその信じた路を歩いていくことができる。

獣道かもしれないし、行き止まり化もしれないし
奈落が待ち構えているかもしれませんが
どれもこれも、自分で選択した結果なので悔いはないわけです。

あとは自分で自分をどこまで信じてあげられるか、その一点ですね。
向上心があるうちはまだ何とかなるでしょう。

誤解力と言ってもいいかもしれません。
あるいは勘違い力かもしれません。

いずれにせよ
歳を重ねて、人生がどんどんシンプルになって
去る者は追わず、来るものは拒まずというスタンスでいると
断捨離なんか、結構簡単にできるものなんですね。

来週はクリスマスが待ち構えています。
あなたは何歳までサンタクロースの存在を信じていましたか?

夢は逃げない。
逃げるのは自分。

これ、恋愛でも同じことが言えます。


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