わら人形(わらにんぎょう)

TERAYAMA Shizumi/ 7月 26, 2012/ 落語/ 2 comments

$こうたろ.com

「復讐心からは何も生まれない」と言います。

もちろん国家レベルなら戦争になってしまいますし
実際に僕たちはその様子をリアルタイムで実感しているから
それがどれだけ愚かなことか、ということは理解しているつもりです。

でもこれが個人レベルならどうでしょう。
結婚式の最中に誤爆で犠牲になった人たちの怒りや悲しみは
どこへ向かうのでしょうか。

愛するものを失った悲しみは、本人たちにしか分かりません。

「さまよう刃」や「告白」といった映画は名作ではありますが
それはそれはとても痛い作品でした。

じゃあ、もっと身近なところで言えば
二股かけられていて、最終的にフラれたら
振り上げた拳はどうやって収めればいいのでしょうか。

急に下世話なたとえになってすいません。
比較するレベルが違いすぎますか。

僕は器量の狭い男ですから
一度、プツンと切れた糸は戻ることがありません。
何年経っても。

むしろ散々周りを巻き込んで大騒ぎしたくせに
数年後には、何事もなかったかのように振る舞っている人の方が
信じられません。

あの時の怒りや悲しみはどこへ行ってしまったの?
復讐心にも時効があるの?
どうして、そんなに笑顔で振る舞えるの?

僕にはその変化がさっぱり理解できないのです。
思い出に変われば何でも許されるという感覚が分かりません。

「若さゆえの過ち」というなら
「熟年した反省」はそこにあるのかい、と。

当然、僕だって多くの人を傷つけてきました。
だからそれ相応の罰はあって然るべきだし
甘んじて受ける覚悟はあります。

記憶の回路が他の人とは違うのかな。
うーん、落語の世界は奥が深いです。

最後の〆の言葉はこれ。
「人の善意を無視する奴は、一生後悔するぞ」byアムロ・レイ


2 Comments

  1. SECRET: 0
    PASS:
    私も器量の狭い女です。

  2. SECRET: 0
    PASS:
    >あこさん
    器量の狭い者どうしで、乾杯('-^*)/

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