崇徳院(すとくいん)

TERAYAMA Shizumi/ 8月 1, 2014/ 落語/ 0 comments

ラブレター

先日、「デート」というお題でミニシナリオを書くというゼミの課題がありました。

みんなの恋愛観が分かるねーなんて盛り上がっていたのですが
そこはなかなかどうして、一癖も二癖もある脚本家志望の猛者たちですから
あの手この手と策を練り、どストレートに恋愛モノを書いてくる人は少なかったです。

僕にいたっては、当事者の2人が出てこないというありさま。
(ご興味があれが、こちらからどうぞ⇒「エージェント・ウォー」

感情を素直に表現するのって難しいですね。

なんてな。

人が人を想う気持ちに勝るものはないと思うんですよ。
もちろん限度というものはありますが
それでも、他者を愛おしいと感じる感覚は大切にしておきたいです。

国民総携帯電話の時代になって
メールや通話が無料でできる機能まであって
SNSが爆発的に普及して
ぐぐぐいっと、コミュニケーションの在り方が変化してきました。

僕もその恩恵に与っている人間なので、四の五の言うつもりはありません。
でもね、最後はやっぱりアナログには勝てないんですよ、きっと。

恐らく誰もがそのことに気がついている。
だからその反動で、なおさらネット依存になる人が多いんじゃないでしょうか。

リアルタイムで会えない淋しさを、バーチャルで埋め合わせる。
そのこと自体は、今も昔も同じです。
ただ手段や方法が劇的に変化しただけのことで。

今どきの若者君なんて、ネットの常時接続が当たり前だと思っていますから。
きっと、恋患いとか、相思相愛なんて言葉、知らないし使わないんだろうなあ。

と、まあ一般的な恋愛論?をざっくりと書き上げてみましたが
うーん、今一つ自分の中で腑に落ちないんですよね。
こんなことが書きたかったわけじゃないというか。

多分、理由の一つが、最近の僕は何をしてもファジーなポジションにいて
他者との関わりも、よく言えば力が抜けている状態だからなのかもしれません。
悪く言うとしまりがないってことになるんですけど…。

好きか嫌いかで言えば、きっと大抵のことは好き。
その好きの中でも、28パーセント好きもあれば84パーセント好きもあるんです。
客観的な採点ではなく、あくまでも主観的な受け止め方の問題です。

そしてその割合も日替わりで移り変わるし
変化している状態を楽しんでいる自分もどこかにいるんでしょうね。

100パーセント好きという相手がいたとして、そこは揺るぎませんけど
かと言って、その他の人が0かと言えばそんなことは絶対にないわけで
笑顔が今日も可愛いなという人もいれば、毎日小言ががうるさいぜという人もいます。

それでも大抵のことは許せるような気がしているし
実際に好きの割合が極端に低くても、マイナスの人ってなかなか思いつかないんですよ。

ビシッとしめるところはしめないといけないお年頃なんですけども
人生、もう少しゆるやかでいいんじゃないのと思いつつ
そんなことは自分ルールでよそ様に通じるわけもなく
つかみどころのない、はっきりしなくてすみませんみたいな感じでしょうか。

とかなんとか言ってはみたものの
ミスチルの歌の歌詞に「君に触れたい、心にキスしたい」というフレーズがあって
この一行がものすごくかっこいいから、いつか「春の熊くらい好きだよ」とセットにして
あなたに届けばいいなと思っています。

…結局なんの話なんだ。
最近は本当にまとまりのないことだらけで申し訳ありません。

脳みそが夏バテしてるせいだな。

寝込んでしまうほどの恋患いから、ようやく解放されたと思いきや
あなたの声を聞くと、やっぱり愛おしいと感じてしまうこの心。

されど無駄な垣根を取っ払ったような、淡いスタンスの自分も否定できず
やっぱり人生は楽しんだ方が、絶対にお得だよね、ということです。

そういうことにしておいてください。

あ、浮気性とかではないです。
そこは誤解なきようお願いします。


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