Clean house

TERAYAMA Shizumi/ 5月 24, 2014/ Plinky/ 0 comments

Q:生まれて今までに「ジャンク」はありましたか?それはどんな類のものですか?どうやって乗り越えてきましたか?

A:多分、今の僕は、某格闘技のマンガの台詞を借りるなら「壊れている」状態にあります。この10年の間、ずっと「壊れた」ままです。いまだに完治していません。この先、完治するのかどうかも分かりません。あまりにも非現実的な負の連鎖が続き、その重さが自分のキャパを超え、メルトダウンしてしまったのです。

何も不幸話の自慢がしたいわけではないし、僕より凄惨な体験をされている方もたくさんいらっしゃるでしょう。ただ、僕は客観的に自分の状態を見て「壊れている」と判断しているのです。

まあ、こうやってブログに書いてしまえるのだから、回復してきている証拠ですね。だって人間、本当に人生の深淵の淵を覗いたら、感情表現なんてできないですよ。そこに待っているものは、まったくの「無」だけです。風も光も差し込まない、真っ暗な「無」。ギリギリのところで引き返すことができたのは、本当に幸運でした。

どうして踏みとどまることができたのか?あちら側へ行ってしまった人たちと、僕を分けた境界は何なのか?10年間の間、必死に考えてきました。考えてきましたが、残念ながら、まだ答えは見つかっていません。

彼らは、永遠に歳を取らない。僕が見る景色がどんどん後ろへ流れていくというのに、彼らはずっと立ち止まったまま、同じ景色を見続けている。だからこそ、僕には、彼らが見ることのできなかった景色を見る権利があるし自由がある。

一つ言えるとすれば、僕は多くの人に助けられ、勇気をもらい、励まされて、それでも出会いと別れを繰り返し、あるいは恋に落ちる。当たり前の日常が、当たり前に過ごせるようになったことに、すごく感謝しているということです。僕がブログを書いている理由の一つは、そんなありがとうという言葉を届けたいからなのかもしれません。

今、わずかながら、自分の中に小さな胎動を感じることができます。こいつは、かつて「壊れた」時に失くしたものの生まれ変わりなのか?それとも、10年間眠ったままの何かが再び目覚めようとしているのか?炭酸水の入ったペットボトルを振って、キャップを開けようとして二酸化炭素が一気に集中しているあの感じです。だからあとは、何かしらのきっかけでキャップを一ひねりすれば、爆発する予兆があるのです。

そんな「何か」を産み落としてくれたのも、少なからず僕の人生に交わってくれた人たちのおかげなんです。昔も今も、そしてこの先も。

キャップを開けることが正しいことなのか間違ったことなのか、それは開けてみないと分かりません。けれど、どちらに転ぶにせよ、僕はやっぱりキャップを開けてみたい。ここまでは、みんなのおかげでやってこれたけど、最後の仕上げは自分でやるしかないし、その結果、開けた後の世界の在りようは、きっと今まで見てきたものとは違う色が見え、違う音色が聞こえるんじゃないかと夢想しています。

目覚めよと、呼ぶ声が聞こえ。

残念ながら、まだそのキャップを開ける方法を知りません。知らないということは、まだ機が熟していないのかもしれません。もしくはビビっているのかもしれません。いずれにせよ、チャンスは待っていてもやってこないので、はっきりと目的を持って、能動的にチャレンジしていきたいと思います。


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