get the better of

TERAYAMA Shizumi/ 4月 24, 2014/ 英語/ 0 comments

英語
:I want to get the better of her in the next match.
:She will get the better of you if you aren’t careful.

「強い方が勝つ」と「勝った方が強い」という言葉を使い分ける人がいますが
これ、僕の中ではどちらも同じ意味だと思っています。

結果がすべての世界において、「勝つ」ということを目標にしている以上
どんなに過程が素晴らしくても、肝心の目標に手が届かなかったら
すべてなかったことにされてしまうのです。

でもね、と。

勝ち負けだけで人生を語るのは、止めにしませんかと。

0点か100点しかない人生を生きることは、とてもしんどいことです。
32点の日があってもいいし、78点の日があってもいいんじゃないかと思うんです。

そもそも自分の人生に点数をつけるのは、他でもない自分自身なので
自分の中の揺れ幅を認めてあげないと、結局苦しむのは自分ということになります。


……

なんて、書かれている啓発本は、世にたくさんあります。
が、それを承知の上で、
今夜はあえて0点か100点の人生について考えてみたいと思います。

というのも、この人生の振れ幅の解釈を
都合よく言い訳にしている人が、あまりも多い気がするんですよ、最近。

結果がすべての世界に生きている人たち。
たとえば、プロのトップアスリートの人たちなんかは
100点を取れなかったら、そこでおしまいです。
次のチャンスが巡ってくる可能性があるかどうかも分かりません。

斬るか斬られるかの真剣勝負を繰り広げているからこそ
その姿を見ているこちら側は、張りつめた緊張感を楽しむことができるのです。

それは古代ローマ時代の剣闘士が、命をかけて猛獣と闘っていたことと
実は何ら変わりがないことに気がつきます。

ストイックなまでにとことん自分を追い込み
のるかそるかの一発勝負に人生を託す。
彼らにとって、努力している過程を褒めてくれるのは身内だけという残酷さ。

自分で選択した道とはいえ、まあ、過酷でしんどくて、儚くもろい。
若手の台頭にベテランは危機感を感じ、期待のホープは出る杭を打たれる。

それが0点か100点で生きるということです。
なんてシビアな世界なんでしょう。

ただし、これは自ら望んでその世界に足を踏み込んでいるわけですから
責任の所在は自分自身にあります。
引き際を決めるのも、自分自身です。

すんごい長くてややこしい前置きになりましたが
じゃあ、望みもしないのに、常に100点を求められているとしたら、どう思いますか?

えっと、結局何が言いたいかというと
今の日本は、あまりにも空気がヒリヒリとしていて
生きていくことが困難な世の中になってしまったなあということです。

空気がヒリヒリしていて、みんながみんな少しずつどこかでピリピリしている。
自分がいっぱいいっぱいだから、他人を気遣う余裕がなくて
むしろ、ストレスのはけ口を他人に向けることで、バランスを取ろうとしている。

観客席にいるのは、ごく一部の人たちで
それ以外の一般ピープルは、剣闘士の如く命を削って戦わざるを得ない。

本当は28点の人生でも64点の人生でもいいはずなのに
そんなことは許されない雰囲気が蔓延しているように思うのです。

眺めている観客は怪我をしない。
常に安全なポジションにいて
のうのうと煙草の煙でもくゆらせながら能書きを垂れている。

じゃあ、誰が眺めている観客なのか。
その正体は。

えー、今夜は時間になりましたので
また機会があれば、続けたいと思います。


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