忠臣は国を去るも其の名を潔くせず(ちゅうしんはくにをさるもそのなをいさぎよくせず)

TERAYAMA Shizumi/ 4月 8, 2014/ 故事成語/ 0 comments

犬

誰の言葉だか忘れてしまいましたが
「必要とされなくなって受けた傷は、誰かに必要とされて治る」
こんなニュアンスの言葉があります。

会社でも家庭でも、あるいは恋人どうしでも
やっぱり誰かに認めてもらいたいという欲はあるし
自分は独りじゃないという実感を、肌で感じられないと生きててちと辛い。

万人にすべてを理解してもらおうなんて、現実的に不可能なので
そこまで多くは求めませんが
ただ一人、あなたにだけは解って欲しいという相手がいれば
人生は、また違った景色が見えるんじゃないかと思うのです。

同時に「自分が思っているほど、他人に必要とされていない」
なんて、のたうちまわりそうな言葉もあります。

過剰な自己アピールや、よかれと思って行動しているつもりでも
よそ様から見たら、大きなお世話でしかないというやつです。

だとするならば、やはり無償の愛というものは存在するのだろうし
その愛に見返りを求めてはいけないということになります。

奉仕でもない。
ボランティアでも同情でもない。

ただ、目の前に落ちているモノがあれば拾い上げるだけ。
そしてキレイに磨いて、本来あるべき場所に戻してあげる。

本来どにあるべきなのか、それは判断に迷うところではありますが
たとえば、草原の真ん中にポツンと置いてあげるだけで
そのモノは、かつての輝きを取り戻すことができるのかも知れません。

居酒屋なんかで、かつてお付き合いしてことのある異性を
ボロクソに言う人をたまに見かけますけど
それって、結局自分の品位を落としているだけですよと、突っ込みたくなります。

だって、その相手を選んだのは間違いなくあなた自身なわけで
決して多くない人生のある時間をそこに捧げていたわけだから
相手のことを悪く言うなら、そこへ費やした自分の人生を否定することになりますからね。

僕の思考は恐らく(いや、きっと)マイノリティだという自覚はあります。
10人中9人がイエスと言っても、最後の1人がノーという。
明らかに、僕は後者のスタンスを貫いていることになります。

単なる天邪鬼か、あるいはただのペテン師か
時々自分の立ち位置が分からなくなることがあります。

それでも「ワタシ」という人間に少なからず関わってくれた相手には
感謝の気持ちを込めて、ありがとうと伝えられる
そんな器の広い人間になりたいなあと思います。

残念ながら、相性が合わずにフェイドアウトしていった人もたくさんいます。
だからこそ、今現在の繋がりを大切にしたいのです。

「出逢う人には、出逢うべき時に、出逢うべくして出逢う」と信じているので
過去を恨まず、されど邂逅せず、まだ見ぬあなたに想いを馳せる。

ブサイク村孤立地区在住の人間にできることは
きっとそういうことなんだろうと思うのでした。


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