後世畏るべし(こうせいおそるべし)

TERAYAMA Shizumi/ 3月 13, 2014/ 故事成語/ 0 comments

子ども

昨日は県立高校の合格発表の日でした。

他の都道府県と違い、圧倒的な力を持った私立高校というものが
栃木県には存在しません。

だから、特待生を除けば、本命が県立、すべり止めに私立という図式は
今も昔もあまり変わっていないようです。

そう考えると、姉が指定校推薦枠(今年から廃止)で県立へ入学し
僕が一般入試で県立へもぐり込み
弟がスポーツ特待で私立へ引き抜かれた、我が3兄弟は
ある意味、それぞれの特性を活かした進学の方法を選んだのだと思います。

僕らが子どもの頃は、「21世紀はあなた達の時代です」とことある毎に強調され
確かに、生きている間に世紀をまたぐ経験なんてそうそうあるわけでもないし
科学の進歩=文明の進歩と思っていたフシがありました。

そして気がつけば、21世紀に入り10年以上が経ちます。
今の世の中を見渡して、これが僕たちの夢に描いていた世界かと問われるなら
残念ながら、唇をかみしめて下を向きそうになってしまうのは気のせいでしょうか。

疑うことなく、科学の進歩は、目覚ましいものがあります。
身近なところでいえば、携帯電話なんてその際たるものだと思います。
携帯電話が爆発的に普及して
中学生ですら、一人に一台身につけていることが当たり前になりました。

携帯電話の飛躍は、間違いなくコミュニケーションのあり方を変えました。
新しいサブカルチャーをいくつも生み出しました。

この先、何をどうすれば、今より便利な携帯電話ライフが待っているのか
想像することは非常に困難ではありますが
スマートフォンなんてものが発明されたことを考えると
いずれ、スマートフォンに取って代わる何かが出てきても何ら不思議はありません。

10年後、20年後のコミュニケーションツールは一体どんな姿をしているのでしょう。

ですが、便利な世の中が、そのまま心の豊かさを反映しているかといえば
まったくそんなことはありません。
むしろ、どんどん窮屈になっていく一方のような気がしています。

天災や人災が猛威をふるい
戦争や紛争の火種はあちらこちらでくすぶっているし
貧困や格差の問題も、解決の糸口すら見つかっていません。

突っ込みどころ満載で困ってしまいます。

けれど。

今あるこの姿が現実の21世紀の形であり
この時代を生きる人たちのスタンダードであることは間違いないのです。

だとするならば、昭和の古き良き時代を懐かしむ世代がいるように
平成の古き良き時代を懐かしむ世代が出てくるのも、時間の問題だと思います。

時計の針は止まること知りません。
ただただ一歩一歩と前進あるのみです。

僕らが「21世紀はあなたたちの時代」と言われ続けてきたように
今の若者君たちも、同じ台詞を必ず耳にしているはずです。

科学の進歩はこれからも続いていきます。
いつの日か、円周率の答えが分かるかもしれません。
空飛ぶ自動車が発明されるかもしれません。

未来を切り開くのは、老人ではなく若者です。
だからこそ、若者が幸福な未来を夢描けるように
そしてもう二度と間違えないように、バトンを手渡してあげる必要があるのです。

こんなヒリヒリした時代だからこそ
温もりと優しさに包まれたバトンを準備しておかなくちゃ。

それが表舞台から去りゆく時のエチケットだと思います。


Leave a Comment

メールアドレスが公開されることはありません。

You may use these HTML tags and attributes: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>