be above ~ing

TERAYAMA Shizumi/ 3月 12, 2014/ 英語/ 0 comments

$こうたろ.com
:She is above speaking ill others.
:He is not above lying to save himself.

東日本大震災から丸3年が経ちました。

夕飯時、姪っ子に「黙とうした?」と尋ねられました。
「仕事中だからできなかったよ」と答えると、「うわ、ひどい」という言葉が返ってきました。

学校では、校内放送がかかり、教職員を含めた全校生一同で黙とうを捧げたのだそうです。

確かに僕たちは、仕事の手を休めてでも黙とうを捧げるべきだったと思っています。
正直なところ、僕は仕事に追われ、震災のことなどすっかり忘れていました。
もっと言えば、集中力すら欠いており
頭の中は「恋するフォーチュンクッキー」のイントロが無限ループしていました。

姪っ子と話しながら、半分情けなくて、半分嬉しさが込み上げてきました。

情けなかったことは、自分が我が身を持って震災を体験したにも関わらず
自分の中の記憶が風化してしまっていたことです。

もちろん当時のその瞬間の記憶というものは残っています。
どこに誰といて何をしていたのか
思い出そうと思えば、いつでも簡単に手繰り寄せることは可能です。

けれど、それは意図的に思い出すという作業が必要であり
消えない記憶でありながら、実際は消えてしまいつつあるという歴然とした事実が
情けないし、悔しいのです。

嬉しかったことというのは
姪っ子が、黙とうを捧げることに何の違和感も感じていなかったということです。

これからの日本を背負って立つのは、年老いた人間ではなく若者たちです。
たとえ学校のアナウンスがあったとはいえ、若者の一人である姪っ子が
被災地の人たちの気持ちを推しはかり、目を閉じ祈りを捧げたことにホッとするのでした。

何度も繰り返しになりますが、地震と津波は天災だったとしても、原発の事故は人災です。
政治家や関係者は、口をそろえて「想定外の出来事」と言います。
そのこと自体は恐らくは事実なのでしょう。

だとするならば「想定外」ということは
自分たちの手には負えない出来事だったと認めていることと同じです。

にも関わらず、「完全にコントロールされている」とアピールしてみたり
他国に技術提供しようと売り込みをかけているわけです。

原爆が落とされて即死した人がいる一方で、後遺症に悩まされている人もいる。
それと同じ現象が東北地方でも起こっているという事実。
「心の復興を」と宣言するのであれば、それに見合うだけの行動で示して欲しいのです。

なんて偉そうに書いていますが
実は「女々しくて」も無限ループしていた身としては、北に足を向けて眠れません。

現実はドラマよりもドラマチック。

実際に起きてしまったことには無力でも、微力ながらアクションを起こすことはできるはずです。
それが、ボランティア活動をすることなのか、小説を書くことなのか、歌を歌うことなのか。
方法は人それぞれでも、祈りはいつか希望となり、被災に遭われた方々へ届くと信じて。

ハローハロー。
ピクニックへでかけよう。
森を超え
川を渡り
古井戸を抜けたその先へ。
めざすは
ひまわり畑の向こう側。


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