鍬が私の身にも刺さるのです。地中にいるので-ミミズ

TERAYAMA Shizumi/ 4月 14, 2012/ へんなことわざ/ 2 comments

$こうたろ.com

子どもたちを対象とした、とある企画会議から帰宅したところです。

まだテンションが高いので、そのままの勢いで書こうと思います。

ミーティングの中で、指導者のスタンスについて議論してきました。
教える、教わるというだけの関係性では、どちらにとっても不毛であること。
優しさと厳しさは、実は同義語であって、パワハラとは無縁であること。
そして上から目線でモノをいうことの愚かさと、非効率について。

子どもは、想像している以上に感受性が強く一つ一つの出来事に敏感です。
教育という言葉を振りかざして、その扉を閉ざしてはいけないはずなんです。

けれど、なんでもかんでも褒めて伸ばせばいいのかと言えば、そんなことはなくて
躾はどうしたって必要になってきます。

そして躾で最も大切なことは「待つ」ことなんじゃないかと思うのです。

怒鳴りつければ、その場は収まるかも知れません。
けれどきっと同じ過ちを繰り返すでしょう。

なぜ怒鳴ったのか、どうして怒鳴る必要があったのか。
説明して納得してもらうためには、やはり時間が必要になってきます。

指導する側だって、好き好んで怒鳴るわけではありません。
立場上、そうせざるを得ないだけで、本当はみんなと笑顔で過ごせたら
これほど嬉しいことはないのです。

例えば芝居を創る時。

演出というポジションにいる以上は、稽古中、何度もダメ出しをします。
これでもかというくらい、毎日のようにダメ出しの嵐です。

でもそこには、いい作品を創りたいから。
あなたの魅力を存分に発揮させてあげたいから、という意図があるんです。

僕は稽古中に怒ることは滅多にありませんでした。
だってできないものは仕方がない。
それをできるように導くのが演出の務めだと考えていたからです。

だからギリギリまで待つよと。

ただし、本番直前になって、タイムリミットが来てしまった時は
申し訳ないけど、カットさせてもらいますよと。
そこは心を鬼にして、はっきりと伝えます。

逆に、努力すればできるはずなのに、努力しない役者には容赦なく怒りました。
お金を取って見せる以上、今できる最高のものを提供する義務があるはずで
そこを学芸会の延長上でやられると、ちょっと待てよということになるのです。

子どもたちを相手に「待つ」ということは
忍耐も必要だし、果たしてこれでいいのかと自分を疑いたくもなります。

キレイごとに聞こえるかも知れませんが
それでも子どもたちに最高のパフォーマンスを発揮してもらうためには
躾の裏には、愛情があることをきちんと伝える努力が必要なんだと思うのです。


2 Comments

  1. SECRET: 0
    PASS:
    車上荒しとは災難でしたね。ナビはポータブルですか?

  2. SECRET: 0
    PASS:
    >ken13_gkさん
    what?

Leave a Comment

メールアドレスが公開されることはありません。

You may use these HTML tags and attributes: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <s> <strike> <strong>